スタートアップ育成5か年計画
1.基本的考え方
○ 岸田政権は、「新しい資本主義」の実現に向けた取組を進めている。スタートアップは、社会的課題を成長のエンジンに転換して、持続可能な経済社会を実現する、まさに「新しい資本主義」の考え方を体現するものである。
○ 我が国を代表する電機メーカーや自動車メーカーも、戦後直後に、20 代、30 代の若者が創業したスタートアップとして、その歴史をスタートさせ、その後、日本経済をけん引するグローバル企業となった。
○ しかし、2022年現在、多様な挑戦者は生まれてきているものの、開業率やユニコーン(時価総額1,000 億円超の未上場企業)の数は、米国や欧州に比べ、低い水準で推移している。
○ 他方で、旧来技術を用いる既存の大企業でも、スタートアップをM&Aしたり、コラボレーションをしたりして新技術を導入するオープンイノベーションを行った場合、持続的に成長可能となることが分かってきた。
○ 以上を背景として、本年をスタートアップ創出元年とし、戦後の創業期に次ぐ、第二の創業ブームを実現する。そのために、スタートアップの起業加速と、既存大企業によるオープンイノベーションの推進を通じて、日本にスタートアップを生み育てるエコシステムを創出する。
○ スタートアップ・エコシステムの創出にあたっては、ガラパゴス的思考に陥ることなく、グローバル市場に果敢に挑戦するスタートアップを生み出していくという視点を持つこととする。
○ これまで、スタートアップ担当大臣を設置し、実行のための一元的な司令塔機能を明確化し、本年度の物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策及び補正予算において過去最大規模の1兆円のスタートアップ育成に向けた予算措置を閣議決定したところであるが、これを活用しつつ、人材・ネットワーク構築の観点、事業成長のための資金供給や出口戦略の多様化の観点、オープンイノベーションの推進の観点から、多年度にわたる政策資源の総動員のため、官民による我が国のスタートアップ育成策の全体像を5か年計画として取りまとめることとする。
2.目標
○ 日本にスタートアップを生み育てるエコシステムを創出し、第二の創業ブームを実現するためには、大きな目標を掲げて、それに向けて官民で一致協力して取り組んでいくことが必要である。
○ 目標については、創業の「数」(開業数)のみではなく、創業したスタートアップの成長すなわち「規模の拡大」にも、同時に着目することが重要である。そこで、創業の絶対数と、創業したスタートアップの規模の拡大を包含する指標として、スタートアップへの投資額に着目する。
○ この投資額は、過去5年間で2.3倍増(3,600億円(2017年)→8,200億円(2021 年 )) であり、現在、8,000億円規模 であるが、本5か年計画の実施により、5年後の2027年度に10倍を超える規模(10兆円規模)とすることを大きな目標に掲げて、官民一体で取組を進めていくこととする。
○ さらに、将来においては、ユニコーンを100社創出し、スタートアップを10 万社創出することにより、我が国がアジア最大のスタートアップハブとして世界有数のスタートアップの集積地になることを目指す。
3.パッケージの方向性
○ 企業の参入率・退出率の平均(創造的破壊の指標)が高い国ほど、一人当たり経済成長率が高い。さらに、若い企業(スタートアップ)の方が付加価値創造への貢献度が高い。他方、我が国の開業率は、米国 9.2%、英国11.9%と比べ、5.1%に留まっており2、廃業率も、米国 8.5%、英 国 10.5%と比べ、3.3%となっている。
○ まずは、我が国でも、スタートアップの担い手を多数育成し、その起業を加速する。そこで、優れたアイディア・技術を持つ若い人材の発掘・育成のため、国内に加え、海外のメンターや教育機関も活用した実践的な起業家育成を図る。加えて、若手人材の世界各国への派遣研修の実施など、我が国でスタートアップの起業を担う人材を育成し、そうした人材によるグローバルなネットワークを構築する。
○ また、米国では、1980 年代の開業率は 12%であるのに対し、現在(2019年)は9%であり、起業自体は減少している一方で、ベンチャーキャピタルの投資額は増加傾向にある(2008年300億ドル→2015年600億ドル)。すなわち、有望な企業への支援は増加しており、スタートアップの育成に大きな役割を果たしている。
○ そこで、我が国においても、スタートアップの担い手の確保とあわせて、公的資本を含む資金供給の拡大を図る。このため、国内のベンチャーキャピタルの育成に加え、海外投資家・ベンチャーキャピタルの呼び込みを図る。また、成長に時間を要するディープテック系のスタートアップを中心に、スタートアップの事業展開・出口戦略を多様化する観点から、ストックオプション等に関する環境整備や、スタートアップに対する公共調達の拡大等を推進する。
○ オープンイノベーションの視点で見ると、日本における事業会社によるスタートアップ企業に対する投資額は、米国、中国、欧州と比べて極めて低い水準にある(米国402億ドル、中国 115億ドル、欧州 90億ドル、日本15億ドル(2020年))。また、スタートアップに対するM&Aの件数についても、日本は欧米に比べて極めて少ない(米国1,473件、英国244件、フランス60件、ドイツ49件、日本15件(2020年))。
○ スタートアップのエグジットを考えた場合、M&A と IPO の比率に着目すると、米国ではM&Aが9割を占めるのに対し、我が国ではIPOが8割であり、圧倒的にIPO の比率が高い 。M&A の比率を高めていくことが求められる。
○ このように、スタートアップを買収することは、スタートアップのエグジット戦略(出口戦略)としても、また既存の大企業のオープンイノベーションの推進策としても重要であり、既存企業とスタートアップとのオープンイノベーションを推進するための環境整備を進めることは重要である。
○ 以上の整理のもと、このスタートアップ育成5か年計画においては、以下の大きな3本柱の取組を一体として推進していくこととする。
① スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築
② スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化
③ オープンイノベーションの推進
○ また、公的支援を行った事実は、支援を受けたスタートアップへの認証効果(お墨付き)の役割を果たし、さらなる民間投資を喚起するとされる。既に、今般の総合経済対策において、スタートアップ育成に向けて、過去最大規模の予算措置(約1兆円)を閣議決定したところであるが、政策の効果についてKPI を設定し、スタートアップ担当大臣によりフォローアップを行いながら、政府として引き続き政策資源を総動員し、官民での大きな方向性の実現に向けて、努力していく。
○ 次世代の産業の核となりうる新産業分野のディープテックについては、重点分野等を明確化していくこととする。また、農業や医療などのディープテックの個別分野に特化した起業家教育・スタートアップ創出支援に関する取組みの強化を図る。
○ なお、税制措置については、今後の税制改正過程において検討する。
4.第一の柱:スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築
○ 上述の通り、我が国の開廃業率は、米国や欧州主要国と比べ、低い水準で推移しており、起業を望ましい職業選択と考える人の割合は、中国では79%、米国では68%であるのに対し、日本は25%と、先進国・主要国の中で最も低い水準にある。
○ スタートアップに対する調査によれば、日本で起業家を増やすには、「意識・風土・風潮」の改善が必要との解答が60%を占める。このため、10代、20代といった若い時期から、スタートアップの起業を志す人材の育成を進めていく必要がある。
○ 我が国の大学におけるスタートアップ創出支援については、スタートアップに対する事業化支援や施設提供、起業家教育を実施している大学の割合は依然として少なく、これを改善する。
○ また、実際に起業を行おうとする者に対し、その起業家が有する技術や知識を効果的にビジネスへとつなげられるようなサポートを行う枠組みを充実させる。
○スタートアップを支援する組織としては、スタートアップへ施設・設備を貸与する「インキュベーター」は徐々に国内に整備されてきているが、一方で、スタートアップの創出には、単に施設・設備に起業家が同居するだけでは不十分であり、起業経験者などが「メンター」(助言役)となって細かく助言を行っていくことが不可欠であることが分かってきている。
○ さらに、メンター機能を提供する「アクセラレーター」の支援を受けたスタートアップは、支援を受けなかったスタートアップと比べて、早期に成功(買収又はエグジット)できることも分かってきている。
○ これらはアクセラレーター・メンターがスタートアップに対して、有益な情報を提供できていることを示唆している。我が国でメンターによる支援を受ける機会は未だ制約があるため、こうした機会を確保する必要がある。
○ このため、スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築のために以下の具体的取組を推進する。
(1)メンターによる支援事業の拡大・横展開
○ 我が国における若い人材の選抜・支援プログラムとして、IT分野では、「未踏事業」(情報処理推進機構)において、産業界・学界のトップランナーが、メンターとして才能ある人材を発掘(採択審査)し、プロジェクト指導を実施してきている(年間70人規模)。 同事業からは、これまで300人が起業または事業化を達成した。
○ これを大規模に拡大し、横展開することは、スタートアップ育成として有意義であるため、他の法人(新エネルギー・産業技術総合開発機構や産業技術総合研究所等)への横展開や、対象を高専生・高校生・大学生を中心とした若手人材育成の取組にも広げることで、全体で育成規模を「年間70人」から5年後には「年間で500人」へと拡大する。
○ 加えて、こうしたメンターによる若手人材の育成主体を、日本医療研究開発機構、科学技術振興機構、宇宙航空研究開発機構、農業・食品産業技術総合研究機構等へさらに拡大することを検討する。
○ また、「異能Vation プログラム」の成果を受け継ぐ支援や、アジアなど海外トップ人材の発掘、日本への呼び込みの強化を図るとともに、海外アクセラレーターの支援を受け、国内スタートアップの事業戦略策定、専門家とのメンタリング、ネットワーク拡大等を実施するグローバル・スタートアップ・アクセラレーションプログラムを拡充する。
(2)海外における起業家育成の拠点の創設(「出島」事業)
○ 起業を志す若手人材 20 名を選抜してシリコンバレーに派遣する派遣事業について、今後、派遣規模を5年間で1,000 人規模に拡大する。その際、学生や女性起業家を含めた幅広い人材を募集する仕組みとする。また、日本では未だ制約があるメンターによる指導を受ける機会を確保するという観点を踏まえ、シリコンバレー、ボストン、ニューヨーク、サンディエゴ、オースティンといったイノベーションの拠点となっている米国各都市や、イスラエル、シンガポール、北欧など世界各地における、スタートアップ、ベンチャーキャピタル、アクセラレーター等でのインターン研修等を追加する。さらに、シリコンバレーとボストンに日本のビジネス拠点を新設する。
(3)米国大学の日本向け起業家育成プログラムの創設などを含む、アントレプレナー教育の強化
○ 日本では、起業家育成にグローバルな強みを有する教育プログラムの提供に、限界がある。このため、米国大学による日本向けの起業家育成のMBAプログラムの創設を検討するなどして、国内で就労しながら学位を取得できる環境整備を図る。
(4)1大学1エグジット運動
○ 大学発スタートアップは、東京・神奈川・京都・大阪・福岡など大都市圏で多いものの、全国で生まれており、地方にもポテンシャルがある。
○ 大学発のスタートアップ創出を後押しするべく、全国各地の研究大学は、「1大学につき50社起業し、1社はエグジットを目指そう」という運動を展開する。
(5)大学・小中高生でのスタートアップ創出に向けた支援
○ 半数近くの大学生がスタートアップへの就職も希望しているという現状も踏まえ、希望する学生への起業家教育やメンター・アクセラレーターからの支援を受ける機会を提供することが重要である。
○ スタートアップ・エコシステム拠点都市(8都市)を中心に、海外のアクセラレーターやベンチャーキャピタルの参加を得て、グローバルな展開を含め、5年間で5,000 件以上の案件について大学発の研究成果の事業化を支援する。
○ このため、現在に比べて10倍規模の5年間分1,000億円の基金を科学技術振興機構に新規造成する。
○ 研究者等が企業と大学・高等専門学校の双方で雇用契約を結ぶことができる「クロスアポイントメント制度」の導入促進を図る。
○ 大学へのインキュベーション施設の整備を行う。また、大学や国立研究所(産業技術総合研究所等)の技術シーズと、大企業における経営人材をマッチングするための取組を進める。
○ また、小中高生を対象にして、起業家を講師に招いての起業家教育の支援プログラムの新設や、小中高生向けに総合的学習等の授業時間も活用した起業家教育の実施の拡大を図る。
○ さらに、起業家教育に体系的に取り組む高校・高等専門学校や、STEM分野で高い能力を有する小中高生に対する教育機会の支援を強化する。
○ 現在、大学生・大学院生については年間16,000人、高校生については年間1,400 人の留学を支援してきているが、欧米等で教育を受ける大学生・大学院生については、多額の奨学金の返済に負担を感じる方がいることに加え、我が国に起業家精神を広く根付かせるため、中高生についても、留学や海外での学習体験等を積ませることに意義がある。このため、中長期的に支援の拡充を図ることを目指す。
(6)高等専門学校における起業家教育の強化
○ 高等専門学校については、「高い技術力」を活かし、高等専門学校間の連携を図るとともに、アントレプレナーシップ教育を高等専門学校において積極的に行う。
○ また、AIやディープテックを活用した起業家教育に取り組む高等専門学校に対し、自由な製作活動や実践的な授業を可能とするための試作スペース等の環境整備を図る。
(7)グローバルスタートアップキャンパス構想
○ 日本の大学・研究機関の人材・研究シーズのグローバル展開にも資するよう、海外トップ大学の誘致、優秀な研究者の招へい等により、ディープテック分野の国際共同研究とインキュベーション機能を兼ね備えた、官民の資金導入によるグローバルスタートアップキャンパスを創設する。
○ その際、海外トップ大学等と長期・安定的な協力関係の構築を進めるともに、キャンパスの運営にあたっては、キャンパス自身のエンダウメント(大学基金)を構築し、戦略的な運営の実現を目指す。
○ また、キャンパスの創設により、国内大学の研究開発を活性化し、変革を促す。なお、キャンパスの施設・設備の完成を必ずしも待つことなく、海外大学等との共同研究や研究者交流等を先行的に実施し、迅速にスタートアップ創出に取り組む。また、これらの取組を通じて、アカデミックな分野にとどまらず、スタートアップやベンチャーキャピタルでの活躍も含め、グローバルに活躍する博士課程学生や若手研究者の育成を図る。
○ 海外大学が有する起業家育成・インキュベーションプログラムの活用や、海外トップベンチャーキャピタルとのネットワーク形成を通じて、海外エコシステムやグローバルなインナーサークルへのアクセスも可能とする。
○ 国内外企業とも連携することで、同キャンパスでの共同研究や起業家育成プログラム等を通じて、国内企業のイノベーション創出力を向上させる。
○ 関係自治体とも連携し、都市計画としてエコシステム強化を図る観点から、外国人材の生活基盤整備等の施策とも一体的に進めることで、真にグローバルなキャンパスを形成する。
○ この構想は、既存の組織のルールにとらわれない、自由な「実践の場」とし、その観点から司令塔機能としてのスタートアップ担当大臣のもとで、各種施策との連携を図り、一元的・効率的にキャンパス創設を図る。
(8)スタートアップ・大学における知的財産戦略
○ スタートアップが大学等の保有する知的財産を円滑に活用し、事業展開できるよう、大学と企業の共有特許に係る通常実施権等の取扱いルールの見直しや、株式・新株予約権を対価に大学から知的財産権を取得する場合の大学側の制限撤廃を含め、スタートアップの株式・新株予約権を活用しやすい環境の整備について検討し、本年度内に「大学知財ガバナンスガイドライン」を取りまとめる。また、大学による海外への特許出願支援を強化する。
○ 併せて、第三者へのライセンス契約(譲渡・許諾)の意思のある特許を登録した「開放特許情報データベース」について、データの民間移転を行うことを含めて、データベースの充実と官民連携の強化を図る。その際、自身の保有する特許の第三者への利用許諾へのインセンティブの在り方についても検討する。
(9)研究分野の担い手の拡大
○ 共同研究を通じ、研究界の国際トップサークルへの日本の研究者の参入を促進するとともに、海外の優秀な若手研究者の獲得及びコネクションの強化も図るため、若手研究者の参加を要件とした国際共同研究支援(「科研費「国際先導研究」)について、全体経費に占める若手研究者の費用の割合について7割を原則とすることを要件化した上で、支援を行う。
○ 世界最高水準の研究大学の実現に向け、国際卓越研究大学法に基づき、10兆円規模の大学ファンドを通じて支援を行う。また、博士課程の学生の処遇向上や研究環境の改善を図り、2025年度までに生活費相当額を支給する博士課程の学生数を従来の3倍(博士進学者の約7割)に増加させることを目指す。
○ 博士号取得者へのさらなる支援策として、2023年度における国家公務員における博士課程修了者に係る初任給の加算措置の実施など、公務員の採用における博士課程修了者に対する給与等級等の加算の導入を図るとともに、公務員の名刺への博士号の記載の推奨を行う。民間企業においても博士号活用の意識改革を促す。
(10)海外起業家・投資家の誘致拡大
○ 現在、スタートアップビザ(外国人起業活動促進事業)として、外国人起業家の入国及び最長1年間の在留を認めているが、その確認を行う者は、国が認定した地方自治体に限られている。
○ 今後、更なる外国人起業家の誘致を加速するため、地方自治体だけでなく、国が認定したベンチャーキャピタルやアクセラレーター等の民間組織も、スタートアップビザの確認手続きを行えるようにするとともに、最長在留期間の延長を図る。
○ また、海外のエンジェル投資家が日本で活動できるよう在留資格付与の円滑化を図る。加えて、銀行口座開設の手続きの円滑化を図る。
○ インターナショナルスクールを卒業した外国人子女への大学入学資格の円滑な付与や、行政機関・医療施設における多言語対応・オンライン化など、グローバル高度人材の獲得のために必要な生活基盤の整備を進める。
(11)再チャレンジを支援する環境の整備
○ 2022年に雇用保険法を改正し、失業給付について、本来なら原則離職後1年が経過すると受給資格を失うこととしたところ、起業して事業を行っている間は、最長3年までは、受給期間に算入しないという制度を創設した。本制度についての十分な周知を行うなど、起業家による再チャレンジを後押しする環境の整備を図る。
(12)国内の起業家コミュニティの形成促進
○ 我が国においても、グローバル展開を加速する更なる起業家コミュニティが創出されるよう、規制改革やJ-Startup 制度の拡充、インキュベーション施設の整備を含む環境整備を進める。
○ 大学、スタートアップ、ベンチャーキャピタル等の関係者が、エコシステム構築の成功事例等を互いに共有・研修する場として、大学支援フォーラムPEAKS等を活用する。
5.第二の柱:スタートアップのための資金供給の強化と出口戦略の多様化
○ 米国では成長ステージに応じ、多様な資金調達手段が充実している。IPO・公募増資等、プライベートエクイティファンド、ベンチャーキャピタルやコーポレートベンチャーキャピタルの、いずれの資金調達手段においても我が国を大きく上回る規模となっている。
○ 2021年のベンチャーキャピタル投資額を見ると、日本は依然として投資額・件数ともに小さい(2,300億円、1,400件)。かつ、2020年の投資額と比べて、米国(36.2 兆円、17,100 件)は投資額が2倍になっているのに対し、日本の投資額は1.5倍にとどまり、成長性も低い。
○ ベンチャーキャピタルの投資を受けた企業をそうでない企業と比較すると、投資を受けた企業の方が雇用の拡大やイノベーションに積極的である。すなわち、ベンチャーキャピタルはスタートアップを有意に評価する能力があり、育てる能力があることが確認される。
○ 我が国におけるベンチャーキャピタルの投資を拡大させるため、海外のベンチャーキャピタルも含めて、ベンチャーキャピタルへの公的資本の有限責任投資による投資の拡大、ベンチャーキャピタルと協調した政府によるスタートアップへの支援の拡大等を進める。
○ また、スタートアップの事業展開・出口戦略の多様化を図る観点から、ストックオプションの環境整備や公共調達の拡大等を進める。
○ このため、スタートアップへの資金供給の強化と出口戦略の多様化のために以下の具体的取組を推進する。
(1) 中小企業基盤整備機構のベンチャーキャピタルへの出資機能の強化
○ 投資実績のある中小企業基盤整備機構が、新たに、資金力やスタートアップの育成ノウハウを有する内外ベンチャーキャピタルへの有限責任投資を行うことも念頭に、200億円の出資機能の強化を図る。
○ さらに、中小企業基盤整備機構の2024年度からの新たな中期目標・計画について、有限責任投資機能をさらに強化するための目標を設定するとともに、若手キャピタリストが経営するベンチャーキャピタルに限定した出資枠の創設などの国内ベンチャーキャピタルの育成支援、ディープテックのスタートアップに対する債務保証制度の上限額の見直し等を検討する。
(2) 産業革新投資機構の出資機能の強化
○ 産業革新投資機構は、過去4年間で1,200 億円規模のファンドを通じ、スタートアップに投資をしてきた実績がある。
○ 新たに、これを上回る2倍程度の投資規模となるファンドを立ち上げるとともに、2024 年目途で法案提出を行い、運用期限を 2050 年まで延長する(現在の期限は2034年)ことにより、出資機能を強化する。
(3) 官民ファンド等の出資機能の強化
○ 中小企業基盤整備機構及び産業革新投資機構以外の官民ファンドも含め、公的資金による国内外ベンチャーキャピタルへの有限責任投資の強化を進め、5年後に10倍を超える規模のスタートアップへの投資額を実現するのに十分なリスクマネーを供給する。
○ 官民ファンドについて、海外からの情報収集や投資家の呼び込みを強化し、海外ベンチャーキャピタルと我が国のスタートアップとのネットワークを強化するなどのため、新エネルギー・産業技術総合開発機構や日本貿易振興機構と連携を行いながら、海外における拠点機能・海外ベンチャーキャピタルへの出資機能の強化を図る。その際、目利き力を有する民間金融機関等のゲートキーパー(アドバイザー)からの連携・協力を得る。
○ また、政府系スタートアップ支援機関同士の連携について、統一的な情報発信を強化し、一元的な窓口としての実効性を高める。
○ 株式会社日本政策投資銀行(DBJ)の特定投資業務の更なる活用を進める。
(4) 新エネルギー・産業技術総合開発機構による研究開発型スタートアップへの支援策の強化
○ 研究開発型スタートアップの技術シーズと事業化の間のギャップを埋めるため、 認定ベンチャーキャピタルによる実用化開発費に相当する額の1/3出資を条件に、残りの2/3 を新エネルギー・産業技術総合開発機構より補助を行っている。
○ 今後、補助上限の拡大、支援メニューの拡大、海外ベンチャーキャピタルを含めて対象となるベンチャーキャピタルの拡大を行うこととし、このため現在(年間60億円)に比べて3倍規模の5年間分1,000億円(年間200億円)の基金を新規造成する。この際、スタートアップの負担を考え、手続きの簡素化に努める。
(5) 日本医療研究開発機構による創薬ベンチャーへの支援強化
○ 創薬ベンチャーに対し、支援対象を感染症関連に限定した形で、認定ベンチャーキャピタルによる実用化開発費に相当する額の1/3出資を条件に、残りの2/3を日本医療研究開発機構より補助を行っている。
○ 今後、支援対象を感染症関連以外で資金調達が困難な創薬分野にも広げることとし、このための10年間分3,000億円(年間300億円)の基金の積み増しを行う。この際、スタートアップの負担を考え、手続きの簡素化に努める。
(6) 海外先進エコシステムとの接続強化
○ ボストンでは、バイオ分野のベンチャーキャピタルが高度な専門性を有するキャピタリストを揃え、会社立ち上げ前の基礎研究の段階から大学、病院、製薬会社等と連携して支援を開始するなど、スタートアップ創出・育成モデルの進化により、バイオスタートアップの早期のエグジットを実現している。こうした世界最先端のエコシステムと、我が国の創薬スタートアップのエコシステムとの接続を強化する。
(7) スタートアップへの投資を促すための措置
○ 創業者などの個人からスタートアップへの資金供給のため、保有する株式を売却してスタートアップに再投資する場合の優遇税制を整備する。
○ エンジェル税制について、税制優遇を受ける際に必要な申請書類の削減などの手続きの簡素化・オンライン化を検討する。
○ また、エンジェル投資促進のため、エンジェル投資家・スタートアップ間の情報共有やマッチングを行うプラットフォームの普及を図る。
○ 将来的に社会的起業家(インパクトスタートアップ)の取扱いに対する措置を検討する。
(8)個人からベンチャーキャピタルへの投資促進
○ 諸外国では多くの個人資金がベンチャーキャピタルに投資されている状況も勘案し、投資家保護に留意しつつ、個人からベンチャーキャピタルを通じたスタートアップへの投資をさらに促進する施策について、税制措置を含めて検討する。
(9)ストックオプションの環境整備
○ 日本では、IPOによる調達額が米欧と比して小さく、スタートアップが拙速にIPO を目指しているとの指摘がある。ディープテック系を中心に、事業化まで時間を要するスタートアップや、事業拡大のために未上場期間を長くとりたいスタートアップが、IPO のタイミングを柔軟に選べるようにすることが重要である。
○ スタートアップの従業員報酬としてグローバルに活用されているストックオプションについても、スタートアップの事業の成長速度に応じて権利行使(上場)のタイミングを柔軟化でき、また簡便な手続きで活用できることが望ましい。
○ このため、スタートアップについて、ストックオプション税制の権利行使期間の延長を図る。
○ また、税制適格ストックオプションについて、現状では非上場時に権利行使をした場合に求められる株券の保管委託義務を不要化するとともに、さらなる緩和を図る。
○ 米国では、あらかじめ一定規模のストックオプションの発行枠を設定し、従業員に対して柔軟にストックオプションを付与する、いわゆるストックオプションプールが広く活用されている。我が国では、会社法上、株主総会の決議に基づくストックオプションの発行枠の設定から1年以内に従業員にストックオプションを付与する必要があり、こうした柔軟なストックオプションの発行は認められていない。我が国でも米国の例を参考にしつつ、会社法の措置の見直しや税制面の対応を含め、ストックオプションプールの実現に向けた環境を整備する。
○ さらに、ストックオプションプールの活用や、従業員の退職時のストックオプションの取扱いなど、スタートアップがストックオプションを活用する際の課題について整理し、ガイドラインにて明確化を図る。
○ 未上場の場合に、種類株の価格をどのように測定するかルールが不明確であることから、報酬としてストックオプションを付与する妨げとなっている。ガイドライン等を通じ、種類株の価格算定ルールの明確化を図る。併せて、種類株について、どのような場合に種類株主総会の特別決議を要する場合に該当するか明確でないといった声がある。そこで、実際のニーズを踏まえながら、要件の明確化を含めて必要な検討を行う。
○ 信託型ストックオプション(信託会社を経由してストックオプションを付与する仕組み)の実態を調査するとともに、その結果に応じて必要な対応を行う。
(10)RSU (Restricted Stock Unit:事後交付型譲渡制限付株式)の活用に向けた環境整備
○ RSUは、一定の在籍期間後に株式を付与される権利であり、米国では、手元資金に乏しいスタートアップから従業員への報酬・インセンティブとして一般的に活用されている。他方、我が国では、金融商品取引法の定める年1億円以上の新株発行に対する開示義務にRSUが該当するかが不明確となっていることから、RSUの導入に対する障害になっているとの声がある。その取扱いを明確化する。
(11)株式投資型クラウドファンディングの活用に向けた環境整備
○ 株式投資型クラウドファンディングは、非上場企業が株式を発行し、インターネットを通じて多くの人から少額ずつ資金を集める仕組みであるが、現在の発行総額上限(1億円)を超える資金をプロ投資家から調達することを可能とすることを検討するなど、実際のニーズや投資家保護の観点も踏まえながら、必要な見直しを図る。
(12)SBIR(Small Business Innovation Research)制度の抜本見直しと公共調達の促進
○ スタートアップを育成するため、公共調達の活用が重要である。SBIR制度(Small Business Innovation Research)について、米国のSBIR制度も参考に、創業間もない企業(スタートアップ)への支援の抜本拡充を図る。
○ 国や独立行政法人などの国の関係機関が調達する物件、工事、サービスについて、創業10年未満の中小企業からの契約比率が1% 程度( 777億 円( 2020年度実績))にとどまっているところ、スタートアップからの調達を拡大し、その契約比率を3%以上(3,000億円規模)に早急に拡大する。
○ スタートアップ担当大臣は、施策の実施状況をフォローアップし、未達成の場合に担当省庁に対して是正を働きかける。
https://expact.jp/startuptantousou/
○ 現在のSBIR制度においては、 ビジネスアイディアのFS調査段階(「フェーズ1」)、実用化に向けた研究開発段階(「フェーズ2」)を対象に、各省の研究開発関連補助金をまとめて 70 億円でスタートアップの研究開発を支援している。その拡充を図るとともに、新たに大規模技術開発・実証段階(「フェーズ3」)も支援対象に追加する。
○ その際、各省の研究開発関連補助金を取りまとめて内閣府で指定するだけ14 ではなく、内閣府を通じて新たに5年分2,000億円(年間400億円)の基金を新規造成し、「フェーズ3」をバックアップする。
○ また、公共インフラ(鉄道・電気・水道等)を含む幅広い政府調達において、J-startup 選定企業の活用も含め、スタートアップの活用を推進する。
○ スタートアップの政府調達の参画を拡大するため、随意契約に関するルール、国の大規模研究における加点措置等の検討を含めて、入札参加資格制度の検討を図る。
○ 地方自治体による公共調達を総合的に促進するため、以下の措置を推進する。地方自治体ごとに異なる書類の統一を図るとともに、手続きのオンライン化を促す。 地方自治体ごとに異なる調達参加要件について横断的見直しを促すとともに、政府による公共調達状況の可視化を通じ、地方自治体や民間事業者における調達を促す。 地方のデジタル実装を進めるためのデジタル田園都市国家構想交付金の採択審査時にスタートアップからの調達に加点措置を行うなどの措置を講じる。スタートアップを含め、IT 企業が提供するサービスの仕様などをカタログ化し、要件にあったものを行政が調達しやすくするデジタルマーケットプレイスについて、2023 年度中に実証を行い、早期の導入を目指す。
(13)経営者の個人保証を不要にする制度の見直し
○ 起業関心層が考える失敗時のリスクとして、77%が「借金や個人保証を抱えること」と回答している。事実、現在、創業時に、信用保証付き融資を含め、民間金融機関から借り入れを行う際、47%の経営者は個人保証を付与している。
○ 新しく、スタートアップの創業から5年未満について個人保証を徴求しない新しい信用保証制度を創設する。このための信用保証協会への損失補償等として120億円を措置する。
○ また、日本政策金融公庫が行う貸付けに、スタートアップの創業から5年以内について経営者保証を求めない貸付け要件を設定する。また、キャッシュフローが不足するスタートアップや、一時的に財務状況が悪化した中小企業に対する資本性ローンの継続を図る。これらのため、公庫への出資追加等を行う。
○ 併せて、関係省庁において、経営者保証に依存しない融資慣行の確立に向けた施策を本年内に取りまとめる。
(14)IPOプロセスの整備
○ 本年4月の「IPOプロセスの見直し」に即し、これに基づく証券業界や競争当局による制度見直し、運用の改善を着実に進める。また、先端的な領域で新技術を活用するディープテックのスタートアップといった企業価値評価が難しい企業に対応した上場審査の実現や新株を発行せずに既存株のみ上場するダイレクトリスティングの活用を図る。
(15)SPAC(特別買収目的会社)の検討
○ 日本におけるIPO1件あたりの調達額は、米国の3億ドル、欧州の2億ドルと比べて、0.6億ドルと小さい。また、米国の調査会社による国際比較によると、ユニコーン企業(時価総額10億ドル超の未公開企業)は、米国633社、中国173社、欧州147社である。これに対し、日本は、わずか6社に留まる。
○ SPAC(特別買収目的会社)については、導入した場合に必要な制度整備について、国際金融市場の動向を踏まえ、投資家保護に十分に配慮しつつ検討を進める。
(16)未上場株のセカンダリーマーケットの整備
○ 現在、証券会社が運営する私設取引システム(PTS)において、プロ投資家向けにも非上場株式の取扱いが認められていない。スタートアップが未上場のまま成長できるよう、プロ投資家向けの非上場株式の取扱いを可能とするため、2023年度中に金融商品取引法の関係政令を改正する。
○ 同時に、未上場企業の証券等のデータの標準化についての民間の取組を進めるなど、セカンダリーマーケットでの取引円滑化のための環境整備を推進する。
(17)特定投資家私募制度の見直し
○ スタートアップの資金調達手段として、プロ投資家のみを相手方として、新たに発行する有価証券の取得の申込みの勧誘を行う特定投資家私募制度について、本年7月に日本証券業協会の規則を整備し、非上場有価証券に関しても特定投資家私募制度の利用を可能とした。他方で、スタートアップにとっては、新規則で新たに提供又は公表が義務付けられた特定証券情報(企業情報、業績等)に係る事務負担が重いとの声がある。これを踏まえ、新制度の活用状況をフォローアップしつつ、実際のニーズや投資家保護の観点も踏まえながら、必要に応じて見直しを図る。
(18)海外進出を促すための出国税等に関する税制上の措置
○ スタートアップの海外展開を促進するため、スタートアップの海外進出時に経営者自身が海外赴任する際、自身のスタートアップの株券を担保として提供しなくても、会社が保証することで出国可能であることを確認・周知する。また、従業員等であっても株式を質権設定すれば同様に株券の担保としての提供を不要とすることとする。
(19)Web3.0に関する環境整備
○ 暗号資産事業を行う法人が自ら発行して保有する暗号資産について、事業運営のために継続的に保有する場合は、法人税の期末時価評価課税の対象として課税されないように措置する。
○ それ以外の暗号資産についても、法令上・会計上の扱いの検討を踏まえ、税制上の扱いについて検討する。
○ 暗号資産に係る会計処理について2022年3月に企業会計基準委員会にて会計処理に関する論点の整理・公表を行い、議論が進められている。こうした議論も踏まえ、公認会計士・監査法人による監査を受けられるような環境整備を進める。
○ 投資事業有限責任組合(LPS)の投資対象について、有価証券をトークン化したいわゆるセキュリティートークン等を扱う事業も対象であることを明確化するとともに、その他の暗号資産・トークンを扱う事業も投資対象とすることなど、暗号資産・トークンを扱う事業への投資の多様化を促す。
○ また、地方創生や社会課題の解決に向け活用が期待される、ブロックチェーンを基盤とするDAO(分散型自律組織)の便益と課題を早急に整理する。
○ デジタル技術を用いたアート・ゲーム等のコンテンツビジネスの国際展開に向けて、新たなユースケースの発掘や支援を行う。
○ ブロックチェーン技術を始めとするデジタル関連先端技術を担う人材を国内で確保・育成する。
○ 高度な技術や専門知識を有する海外人材と日本のスタートアップとの協業を促すため、海外人材の呼び込み、民間と連携した国内外のWeb3.0人材の交流機会の創出など、海外人材が活躍できる環境整備を行う。
(20)事業成長担保権の創設
○ 有形資産を多く持たないスタートアップ等が最適な方法で成長資金を調達できる環境を整備するため、金融機関が、不動産担保等によらず、事業価値やその将来性といった事業そのものを評価し、融資することが有効である。
○ そのため、スタートアップ等が、事業全体を担保に金融機関から成長資金を調達できる制度を創設するため、関連法案を早期に国会に提出することを目指す。
(21)個人金融資産及びGPIF等の長期運用資金のベンチャー投資への循環
○ 2,000 兆円に及ぶ日本の個人金融資産がスタートアップの育成に循環するとともに、GPIF等の長期運用資金が、ベンチャー投資やインフラ整備などに循環する流れを構築する。
○ このため、エンジェル投資家等によるベンチャー投資の促進や年金等の国内ベンチャーファンドへの投資を通じて、個人金融資産をスタートアップの育成に循環させるためにも、資産所得倍増プランを推進する。
○ また、GPIF等の公的機関投資家は、市場全体の持続的成長、分散投資によるリスク低減・パフォーマンス向上といった被保険者等の利益の観点から、国内ベンチャーファンドへの投資を通じて成長の原動力である国内スタートアップへの資金供給拡大のための環境整備を図る。
○ 企業年金について、受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図るスチュワードシップ・コードの受け入れや、コーポレートガバナンス・コードを踏まえた上場企業の人事面・運営面の取組を促す。
(22)銀行等によるスタートアップへの融資促進
○ 融資を通じたスタートアップヘの資金供給について、金融行政方針等に基づく銀行等へのモニタリングの中で、ヒアリング等を通じ、スタートアップ向けの支援の状況についても、機動的に確認、フォローする。
○ 通常は銀行法にて銀行から事業会社への5%を超える出資は禁止されているが、2021年に銀行法を改正し、設立から10年以内のスタートアップに対して出資する場合には5%超の出資を認める例外措置について拡充を行った。今後、十分な周知活動を行うとともに、実施状況についてフォローアップを行い、銀行に対して積極的なスタートアップへの出資を促す。
○ 上記に加え、例えば、日本政策金融公庫の創業支援制度において、また貸しのリスクがないことを審査の上で金融業(フィンテック企業)も融資対象とするなど、我が国において銀行からスタートアップへの融資が促進されるための環境整備を進める。
○ 金融機関によるファンドの組成や地域金融機関によるスタートアップへの投資を促進する。また、銀行からスタートアップへの継続的な投資については、投機的な非上場株式として制約の対象としないことを明確化し、周知する。
(23)社会的起業のエコシステムの整備とインパクト投資の推進
○ 我が国でも、若い世代は、スタートアップの創業を検討する際、環境問題や子育て問題などの社会的課題の解決を目的にすることが多い。実際、国内のスタートアップの起業の動機は「社会的な課題を解決したい、社会の役に立ちたい」が筆頭となっている(73.7%(スタートアップを対象とした2021年アンケート調査))。
○ このため、国内大学において社会的起業家(インパクトスタートアップ)に関する教育プログラム開発やネットワークづくり等を支援し、社会的起業家を育成する拠点づくりを促進する。
○ 社会的起業家を志す若手人材などを海外に派遣するプログラムを推進する。
○ これまで官が担ってきたサービスについても、多様なニーズにきめ細かく対応するため、民間の主体的な関与が期待されている。課題先進国であるといわれる我が国において、世界に先んじて社会的課題を成長のエネルギーとして捉え、解決していく仕組みを経済社会の中にビルドインしていく。
○ このため、インパクト投資の推進と社会的企業への支援強化等を図るため、民間で公的役割を担う新たな法人形態・既存の法人形態の改革の検討、国際認証を踏まえたインパクトスタートアップの日本版の認証制度の創設の検討を行う。
○ 社会的起業家(インパクトスタートアップ)の支援を図るため、以下の項目について検討を行う。 公共調達における優遇措置
国から自治体へ向けた推奨企業リストへの掲載 地方自治体とのマッチング 投資に対する支援措置 ふるさと納税・企業版ふるさと納税の活用 休眠預金の活用 国・自治体による成果連動型事業(Social Impact Bond等)の拡大
投資ファンドによる支援
○ インパクト投資の拡大に向けて基本的指針を取りまとめ、インパクト投資の普及を促す。
(24)海外スタートアップの呼び込み、国内スタートアップ海外展開の強化
○ 海外のベンチャーキャピタル・スタートアップ・起業家に対し、日本のスタートアップや支援制度に関する情報発信を進めるとともに、ビジネスのマッチングを強化する。スタートアップを対日直接投資推進会議において来年春頃に新たに策定するアクションプランにおいても重点分野と位置づけ、関連施策の充実を図る。
○ スタートアップに関するグローバルなイベントでのネットワーキングなどの対応を強化するとともにグローバル人材のマッチングや海外における技術実証・共同研究を進める。
(25)海外の投資家やベンチャーキャピタルを呼び込むための環境整備
○ ファンドが保有する未公開株式について、海外では公正価値評価(時価評価)がされているのに対し、日本においては、取得原価での評価がなされている場合が多い。日本のベンチャーキャピタルのパフォーマンスについても、国際間比較を可能にし、海外投資家の呼び込みを進めるため、ベンチャーキャピタルの監査上の留意点や会計処理の実務的な取扱いを明確化し、我が国における公正価値評価の導入を促進する。
○ 投資事業有限責任組合(LPS)の投資対象について、現在、外国法人の発行する株式の取得・保有は、LPSが産業競争力強化法の認定を受けた場合に限り、総組合員の出資総額の50%以上の投資が可能となっている。ベンチャーキャピタルによる海外投資の円滑化を図る観点から、LPS に関する法令の海外投資比率の上限撤廃を図る。また、LPSの会計規則を、法令に位置づけることによりその取扱いを明確化する。
○ 海外投資家にとって日本の契約書式等が参入障壁となる場合、あるいはベンチャー経営者、従事者が税制面、労働法制面などで海外と同様の条件で2活動できない場合があるとの意見がある。海外投資家の実務の実態も踏まえながら、グローバルスタンダードに沿ったモデル契約書の作成・周知を行うなど、海外投資家と国内外のグローバルトップ人材が我が国のスタートアップ・エコシステムで活動しやすい世界クラスの環境の整備を進める。
(26)地方におけるスタートアップ創出の強化
○ スタートアップ・エコシステム拠点都市やJ-Startup の取組に加え、国立大学からの地域金融機関が参画する地域ファンドへの出資拡大等を行い、地方大学によるスタートアップ支援を強化する。
○ 地域金融機関による地域のスタートアップへの投資促進、大企業と地域のスタートアップを含む中堅・中小企業との人材マッチングの推進等を通じ、地域金融機関によるスタートアップへの積極支援を行う。
○ 様々な分野のスタートアップとそれを支援する事業者が集い、地域の大学・金融機関も含めた起業家コミュニティが活動のベースとできるような、次世代サテライトオフィスの整備を支援する。
○ 共助型ソーシャルビジネス(地域の社会的サービスと共用できる施設・設備・デジタル基盤の整備に複数事業者が協力して取り組むこと)に対するPFI 等の活用を促進する。
○ ディープテック分野の企業が安全性を確保しつつ実証実験を行える場は限定的であり、地方自治体や周辺の企業・住民の協力を得て、ディープテック実証の場の創設・拡充を図る。
(27)福島でのスタートアップ創出の支援
○ 福島浜通りにおいて、より実際の使用に近い環境でロボット・ドローン・空飛ぶクルマなどの実証が円滑に行えるように、実証フィールドの整備に取り組む。
(28)2025年大阪・関西万博でのスタートアップの活用
○ 「未来社会の実験場」と銘打つ2025年大阪・関西万博において、スタートアップの技術の積極的な活用を行う。
6.第三の柱:オープンイノベーションの推進
○ 既存の優良企業が成長率を維持することは簡単ではない。旧来の破壊的イノベーションの議論は、旧来技術を用いてきた企業は新技術を用いて参入した企業に必然的に負けるとの議論であった。しかしながら、最近の研究によると、旧来技術を用いてきた企業でもスタートアップと連携して新技術の導入を図った場合、持続的に存続可能であることが確認された。既存の大企業によるオープンイノベーションを推進するためには、スタートアップへの投資が重要である。
○ このため、オープンイノベーションの推進のために以下の具体的取組を推進する。
(1) オープンイノベーションを促すための税制措置等の在り方
○ スタートアップが事業会社の傘下で大きく成長する出口戦略となるM&Aを促進するため、オープンイノベーション促進税制について、特にスタートアップの成長に資するものに限定したうえで、既存発行株式の取得に対しても税制措置を講じる。その際、十分に実効的な税制措置とする。
○ また、研究開発税制について、スタートアップと連携する場合の優遇措置を拡充する。
○ 事業会社からベンチャーキャピタルへの投資促進策について検討を行う。
(2)公募増資ルールの見直し
○ 現在、公募増資を行う場合、日本証券業協会の自主規制において、資金の充当期限が原則1年以内等と定められていることが、大企業によるスタートアップへのM&Aの妨げとなっている。今後、一律の資金の充当期限を撤廃するなど、自主規制を改正して、2023年度中に施行する。
(3)事業再構築のための私的整理法制の整備
○ コロナ禍で、日本企業の債務残高は増加したままであり、債務が事業再構築の足かせになっていると考える企業は3割を超えている。欧州各国においては、全ての貸し手の同意を必要とせず、裁判所の認可のもとで、多数決により権利変更を行い、事業再構築を行う法制度が存在するが、我が国には存在しない。
○ このため、我が国企業が事業再構築を容易に行うため、債権者の全員同意を求めず、債権者の多数決決議と裁判所の認可により私的整理(債務整理)ができるよう、事業再構築のための私的整理円滑化の法案を国会に提出する。
(4)スタートアップへの円滑な労働移動
○ スタートアップの育成のためには、我が国の終身雇用を前提とした働き方、副業・兼業の禁止、新卒一括採用偏重といった雇用慣行を見直し、人材の移動の円滑化を図ることが重要である。
○ ディープテック等については、博士人材の確保は特に重要であり、新卒一括採用偏重からの変革が求められる。
○ 労働者にスタートアップへの労働移動の機会を与えるためにも、企業間・産業間の失業なき労働移動の円滑化、リスキリング(成長分野に移動する学び直し)のための人への投資、これらを背景にした構造的賃金引上げ、の3つの課題の同時解決を目指し、「労働移動円滑化のための指針」を2023年6月までに取りまとめる。
○ 取りまとめにあたっては、スタートアップへの人材移動も十分念頭において検討を進める。
○ とりわけ、スタートアップへの円滑な労働移動にも資するよう、労働政策として、副業・兼業の促進を強化し、副業に人材を送り出す企業又は副業の人材を受け入れる企業を支援する。また、大企業の人材による出向の形での起業に対する支援を強化する。
○ スタートアップの事業化に向け、経営・法務・知的財産などの専門家による相談や支援を強化する。また、ベンチャーキャピタルを通じて知財戦略専門家をスタートアップにつなぐなどの支援を強化する。
○ 大企業が、自らの知的財産・人材等の経営資源をスタートアップに切り出す場合等の情報開示・ガバナンスの在り方について検討を行い、本年度内に「知財・無形資産ガバナンスガイドライン」の見直しを行う。
(5)組織再編の更なる加速に向けた検討
○ 大企業が有する経営資源(人材、技術等)の潜在能力の発揮や大企業発のスタートアップ創出の観点からは、スピンオフの促進が重要である。このため、スピンオフを行う企業に持分を一部残す場合についても課税の対象外とする。
○ その他、大胆な事業再編を促進するための措置について検討を行う。
(6)M&Aを促進するための国際会計基準(IFRS)の任意適用の拡大
○ 日本の会計基準では、のれんの処理について定額法等により規則的に償却を行うと定められている。のれん償却費が買収企業の収益を継続的に圧迫23 することになるため、この会計基準が企業によるM&Aを慎重にさせる要因となっているとの声がある。このため、企業に対して、のれんの償却を行わない国際会計基準(IFRS)の任意適用を拡大することを促す。
(7)スタートアップ・エコシステムの全体像把握のためのデータの収集・整理
○ スタートアップ・エコシステムをめぐる動向を的確に把握して、必要な政策の検討を行えるようにするため、国際比較が可能なかたちで、実態調査を行うなどデータの収集・整理を図る。
(8)公共サービスやインフラに関するデータのオープン化の推進
○スタートアップは大企業に比べて情報収集に割く人的資源に乏しく、行政が保有する公共サービスやインフラに関する情報にアクセスし、自社の技術の活用可能性を検討することは容易ではない。
○ 国及び地方公共団体において、スタートアップ等も利用可能な公共データについて、インターネット上で情報提供を行う。
(9)大企業とスタートアップのネットワーク強化
○ 円滑なオープンイノベーションを推進するため、スタートアップと事業会社等が連携を行う場合の秘密保持契約やライセンス契約等において留意すべき「指針」について周知を行う。
○ J-Startup やオープンイノベーション・ベンチャー創造協議会(JOIC)を通じたネットワークの強化を図る。
以上
<出典・注釈一覧>
1 INITIAL「Japan Startup Finance」
2 中小企業庁「中小企業白書(2022年版)」
3 中小企業庁「中小企業白書(2022年版)」
4 Decker, Ryan A., John C. Haltiwanger, Ron S. Jarmin and Javier Miranda. 「Declining Business Dynamism : Implications for Productivity?」(2016)
5 中小企業庁「小規模事業者白書(2021年版)」
6 PwC/NVCA 「MoneyTree Report」
7 CB Insights「The 2020 Global CVC Report」
8 三菱総合研究所「大企業とベンチャー企業の経営統合の在り方に係る調査研究」(平成30年度経済産業省委託調査)
9 一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター「ベンチャー白書2021」
10 Global Entrepreneurship Monitor「Adult Population Survey」
11 一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター「ベンチャー白書2021」
12 Yu, Sandy. (2020). How Do Accelerators Impact the Performance of High-Technology Venture?. Management Science, 66(2), 530-552. 13 STEM分野とは、Science,Technology,Engineering and Mathematics(すなわち、科学・技術・工学・数学)の分野の総称
14 Leader’s Forum on Promotiong the Evoluation of Academia for knowledge Societyの略
15 一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター「直近四半期 投資動向調査 2021年 第4四半期(10月~12月)」(2022年3月4日公表)、NVCA PitchBook 「The Q4 2021 PitchBook-NVCA Venture Monitor」 (2022年1月13日公表)
16 日本政策金融公庫「2019年度起業と起業意識に関する調査」 、内田浩史、郭チャリ、畠田敬、本庄裕司、家森信善「日本の創業ファイナンスに関する実態調査の結果概要」(2018)
17 CB Insights「The Complete List of Unicorn Companies」(2022年7月時点)より、プリファードネットワークス(深層学習)、スマートニュース(ニュースアプリ)、スマートHR (人事労務ソフト) 、スパイバー(バイオ素材)、リキッド(仮想通貨)、プレイコー(モバイルゲーム開発)の6社。
18 一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター「ベンチャー白書2021」