
スタートアップが成長し、ミドルステージからレイターステージ、あるいはIPO(新規公開株)やM&AによるExitを意識し始めるフェーズになると、投資家や証券会社から必ず突きつけられる指標があります。それが「EV/EBITDA倍率(イーブイ・イービットディーエーばいりつ)」です。
日本では「企業価値倍率」とも呼ばれるこの指標は、M&Aや株式投資の実務において、企業のバリュエーション(割安・割高の判断)を行うための世界標準(グローバルスタンダード)となっています。
本記事では、「EV/EBITDA倍率とは何か?」という基本から、なぜ営業利益ではなくEBITDAを使うのか、スタートアップ実務での具体的な計算・活用方法まで、圧倒的に分かりやすく解説します。
1. EV/EBITDA倍率とは?(基本の概念)
EV/EBITDA倍率とは、一言で言えば「その企業を丸ごと買い取った場合、本業が稼ぎ出すキャッシュだけで、何年で買収資金を回収できるか」を示す指標です。
数式は以下の通りです。
-
EV(Enterprise Value): 株式価値に純有利子負債を足した、企業を丸ごと買収するのに必要な金額。
-
EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization): 税引前利益に、支払利息、減価償却費を足し戻した、「企業が本業で生み出すキャッシュフローの簡易版」。
例えば、あるスタートアップのEV(企業価値)が20億円、年間EBITDAが4億円だとします。この場合のEV/EBITDA倍率は「20億円 ÷ 4億円 = 5倍」となります。
これは、この企業を20億円で買収しても、本業の儲け(4億円/年)をそのまま回収に回せば、5年で元が取れるということを意味しています。
当然、この倍率が低ければ低いほど「投資回収期間が短いため、割安な(お買い得な)企業」と判断され、高ければ高いほど「将来の急成長を織り込んだ、プレミアムが付いた企業」と評価されます。
2. なぜ「営業利益」ではなく「EBITDA」を使うのか?
企業の業績を表す指標には、ほかにも「営業利益」や「経常利益」があります。なぜプロの投資家やM&Aの実務では、わざわざ「EBITDA」という小難しい指標を分母に置くのでしょうか。
理由は大きく3つあります。
① 減価償却方法による「歪み」を排除するため
スタートアップの中には、大規模なサーバー投資(インフラ)や、自社ソフトウェアの開発(資産計上)、店舗展開などを行い、毎年多額の「減価償却費」を計上している企業があります。
減価償却費は、会計上の「帳簿上の費用」であり、実際にお金が会社から出ていっているわけではありません。
営業利益ベースで比較すると、大規模投資を行ったばかりの企業は利益が圧迫されて低く見えてしまいます。EBITDAは減価償却費を「足し戻す」ため、純粋な「今年、手元に残った現金ベースの稼ぐ力」を比較できます。
② 金利(借入状況)の違いを排除するため
銀行から多額の借入をして利息(支払利息)を払っている企業と、無借金経営の企業では、経常利益の段階で差が出ます。しかし、事業そのものの収益力を測る上では、どうやって資金を調達したか(財務戦略)は関係ありません。EBITDAは金利を支払う前の利益をベースにするため、公平な事業評価が可能です。
③ 国際比較(グローバルスタンダード)を可能にするため
税率(法人税など)は国によって異なります。海外のVCやクロスボーダー(国境間)M&Aを検討する際、税引後利益で比較すると国の税制の違いに左右されてしまいます。EBITDAは「税金を払う前」の利益なので、グローバルで同一の天秤にかけることができます。
3. スタートアップにおけるEV/EBITDA倍率の計算実務
では、実際の数字を当てはめて計算してみましょう。
【ケーススタディ:ミドルステージのD2Cスタートアップ】
発行済株式数 × 株価(株式価値):12億円
純有利子負債(ネットデット):3億円
営業利益:1億5,000万円
減価償却費:5,000万円
ステップ1:EV(分子)を計算する
ステップ2:EBITDA(分母)を計算する
もっとも簡易的なEBITDAの計算式は「営業利益 + 減価償却費」です。
ステップ3:EV/EBITDA倍率を算出する
この企業のEV/EBITDA倍率は7.5倍であることが分かりました。仮に、同業の上場企業の平均倍率が「10倍」だった場合、このスタートアップは市場平均よりも割安、あるいは「まだまだ株価(評価額)を上げる余地がある」と交渉の武器に使うことができます。
4. スタートアップの適正水準と、マルチプル交渉のリアル
一般的な日本のM&A市場(中小企業〜中堅企業)において、EV/EBITDA倍率は「6倍〜10倍」が一般的な相場と言われています。
しかし、急成長を遂げるスタートアップ(特にテクノロジー系)の場合、この相場は大きく跳ね上がることがあります。将来の売上高成長率が年間50%や100%を超えるような企業であれば、現時点でのEBITDAが小さくても、将来の爆発的な利益を見越して「15倍」「20倍」、時にはそれ以上のマルチプルが許容されるケースもあります。
逆に、まだ黒字化したばかりで成長率が鈍化している企業が、投資家に対して「スタートアップだから20倍で評価してほしい」と要求しても、論理的な説明がつかなければ一蹴されてしまいます。
自社の成長率、チャーンレート(解約率)、ユニットエコノミクス(顧客生涯価値/顧客獲得コスト)などの先行指標(KPI)が極めて優秀であることを証明できて初めて、高いEV/EBITDA倍率(プレミアム)を正当化できるのです。
5. まとめ:CFO・経営者が持つべき視点
EV/EBITDA倍率は、投資家や買い手と同じ目線で自社の価値を客観視するための「眼鏡」です。
自社のステージが「単に売上(トップライン)だけを追うフェーズ」から、「持続可能な収益性(ユニットエコノミクス)を証明するフェーズ」へと移行したなら、常にこのEV/EBITDA倍率を意識した経営が求められます。
「現在のEV/EBITDA倍率は何倍か?」「競合他社と比較してなぜこの倍率なのか?」を論理的に説明できるように準備しておくことが、M&Aでの高額Exitや、レイターステージでの大型資金調達を成功させる鍵となります。

