
1. はじめに
スタートアップ経営において、最もシンプルかつ残酷な真実は「現金が尽きたら会社は終わる」ということです。黒字でも倒産する企業がある一方で、赤字でも成長を続けられる企業が存在するのはなぜでしょうか。その答えを握るのが、FCF(フリーキャッシュフロー) という指標です。
このコラムでは、FCFの基本的な考え方から、スタートアップにおける活用法、投資家がどう見ているか、そして改善のための実践ポイントまで、分かりやすく整理していきます。
2. FCFとは何か
定義
はじめに、FCFとは何なのか、について詳しく説明していきましょう。フリーキャッシュフロー(Free Cash Flow, FCF)とは、営業活動で得られたキャッシュから、事業の維持・拡大に必要な投資を差し引いたあとに残る「自由に使えるお金」 を意味します。
つまり、売上や利益のような「会計上の数字」ではなく、実際に会社の財布に残るキャッシュを示すものです。
重要性
- 投資余力の指標:新規事業やM&Aを仕掛ける原資
- 返済能力の証拠:銀行や債権者が注目する借入返済余力
- 株主還元の源泉:配当や自社株買いの財源
- 企業価値評価の基準:DCF法の基礎となる
FCFの重要性は、主に上記の4つ。スタートアップにとっては「延命できる期間」と「成長余力」を同時に示す数字なのです。
3. 歴史的背景──なぜFCFが注目されるようになったのか
過去、多くの企業は「利益」だけを重視していました。しかし1980〜90年代、米国で黒字にもかかわらず倒産する「黒字倒産」が相次ぎました。理由は、売掛金や在庫で利益は出ていても、現金が不足していたからです。
そこで「利益ではなくキャッシュを見なければ企業の実態は分からない」という認識が広がり、キャッシュフロー計算書の導入が世界的に進みました。その中でも、投資家や経営者にとって最も実務的に使える指標として定着したのがFCFなのです。
4. FCFの計算方法
続いて、FCFの計算方法につてご紹介します。数字に苦手意識がある方も多いですが、FCFの計算式は意外とシンプルです。
- 基本式:
FCF = 営業CF − CAPEX
- 詳細式:
EBIT+減価償却−税金−運転資本増−CAPEX
では、数字を使って具体的に見てみましょう。
簡易シナリオ(SaaSスタートアップ)- 営業利益(EBIT):▲5,000万円
- 減価償却費:+1,000万円
- 税金:0(赤字のため)
- 運転資本の増加:▲500万円(売掛増)
- CAPEX(サーバー投資):▲1,500万円
この場合のFCFは ▲6,000万円。つまり「自由に使えるキャッシュはまだ出ておらず、半年後に資金調達が必要」という判断ができるわけです。
5. 投資家はFCFをどう見ているか
スタートアップの価値を判断するうえで、投資家は「いま儲かっているか」よりも「将来どれだけキャッシュを生み出せるか」を見ています。つまり、FCFは投資家にとって企業価値を測る最も現実的なものさしです。
VC(ベンチャーキャピタル)- 初期段階ではマイナスで当然。ただし 「いつプラスに転じるか」 を重視する。
- 将来の成長シナリオをDCFモデルで描き、FCFの拡大余地を評価する。
- 安定期の企業に投資するため、安定的にプラスFCFを出せるかを最重要視。
- FCFを使った「株主還元余力」や「企業価値評価」を重視。特に海外機関投資家はEPS(利益)よりもFCFを好む傾向がある。
スタートアップにとって大切なのは、「投資家の関心は利益よりキャッシュにある」という点です。
6. FCF改善のための実務ポイント
FCFは「結果」ではなく「設計次第で変えられる数字」です。売上を伸ばすだけでなく、コストや投資、資金の流れを見直すことで、キャッシュを健全に保つことができます。
- 売上成長の強化
解約率を下げ、アップセル・クロスセルを仕掛ける。 - コスト構造の柔軟化
固定費を変動費化し、キャッシュアウトのリスクを抑える。 - 投資効率の見直し
サーバーはクラウド、設備はリース。CAPEXを必要最低限に。 - 資金繰り改善
請求・回収を早め、支払条件を有利に見直す。
7. ケーススタディで見るFCF
FCFの考え方はどの企業にも共通しますが、業種や成長フェーズによって“キャッシュの流れ方”はまったく異なります。ここでは、実際のスタートアップモデルをいくつか取り上げ、FCFの特徴と改善のポイントを具体的に見ていきましょう。
SaaS企業の例- SaaSはストック型の収益モデルで、初期は開発コストや獲得コストが先行し、FCFがマイナスになりがちです。しかし、解約率を抑えてLTVを高めれば、契約更新の積み重ねで数年後に一気にFCFがプラスに転じます。
改善ポイント:解約率(チャーンレート)の低下、回収サイトの短縮、広告投資の効率化。
D2C企業の例
- ECを通じて商品を直接販売するD2Cは、売上が伸びても在庫や物流でキャッシュが滞留しやすく、FCFがマイナスになりやすい特徴があります。
改善ポイント:在庫回転率の改善、サプライチェーン管理の効率化、受注生産や予約販売の導入。
ハードウェア企業の例
- IoT機器やロボティクスのようなハードウェア企業は、製造設備や開発機材へのCAPEX(資本的支出)が重く、営業キャッシュフローがプラスでもFCFはマイナスという状態が続きやすいです。
改善ポイント:リース・クラウドファンディングの活用、製造委託、開発段階でのコストシェアリング。
8. スタートアップが陥りやすい落とし穴
成長に全力を注ぐスタートアップは、つい「キャッシュの実態」を後回しにしがちです。しかし、FCFを軽視すると、黒字でも資金が尽きる、もしくは成長投資のタイミングを誤るといったリスクが生じます。ここでは、スタートアップが陥りやすいFCFに関する典型的な落とし穴を整理します。
- 「成長優先だからFCFは気にしなくていい」という誤解
→ 確かに初期はマイナスでも良いが、プラス転換シナリオを語れないと投資家は離れる。
- サブスクの前受収益を過大評価
→ 短期的にはプラスCFOに見えても、解約が進めば一気に崩れる。
- 会計利益を重視しすぎる
→ 黒字倒産の典型パターン。キャッシュベースで考える習慣が必要。
9. まとめ
FCFは、スタートアップにとって「企業の余命」と「成長余力」を同時に測るバロメーターです。
- 定義:営業CFからCAPEXを差し引いた「自由に使えるキャッシュ」
- 活用:資金繰り管理、投資判断、投資家説明の土台
- 投資家視点:企業価値=将来のFCFの現在価値
- 改善策:売上成長、コスト最適化、投資効率化、資金繰り改善
- 注意点:初期マイナスはOK、だがプラス転換シナリオを描くことが必須
スタートアップは「利益」ではなく「キャッシュ」で生きています。
その現実を数値で把握するために、FCFを自社経営の指標として組み込むことが、持続的成長を導いていくのです。
参考資料
・フリーキャッシュフロー(FCF)とは?計算方法や事例を詳しく紹介 – Scale Cloud
・フリーキャッシュ・フローとは?キャッシュ・フローとの違いや算出方法を解説 | 経営者から担当者にまで役立つバックオフィス基礎知識 | クラウド会計ソフト freee
・フリーキャッシュフローとは? 意味と計算方法を詳しく解説 |M&Aキャピタルパートナーズ
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