
1.はじめに
スタートアップやIT企業にとって、売上やユーザー数の拡大だけでは事業運営の安定性を判断することはできません。どれだけ新規ユーザーを獲得しても、1人あたりの収益が低ければ事業は赤字となり、持続可能な成長は難しくなります。ここで注目されるのが ユニットエコノミクス(Unit Economics) です。
ユニットエコノミクスは、ビジネスの最小単位あたりの収益性を分析する指標です。SaaSやサブスクリプションサービスなど、長期的な収益を前提としたビジネスモデルで特に重要とされます。単なる売上やユーザー数では見えない、「1ユーザーあたりの利益」を把握することで、事業モデルの持続可能性を確認できるのです。
本記事では、ユニットエコノミクスの基本概念、計算方法、SaaS・サブスク事業での活用方法、事例紹介、戦略的意義、注意点まで幅広く解説します。
2.ユニットエコノミクスとは?
ユニットエコノミクスは、事業の最小単位ごとの収益性を測る指標です。単に売上やユーザー数を追うだけではわからない、ビジネスの真の収益力を可視化することができます。
基本概念
- ユニット: 事業における最小収益単位。SaaSであれば「1契約ユーザー」、ECであれば「1商品購入」、サブスク型サービスなら「1サブスク契約」などが該当します。
- ユニットあたり収益性: そのユニットが生む売上から直接コストを差し引いた利益。
【ユニットあたり利益】 = (ユニットあたり売上) − (ユニットあたりコスト) |
3.SaaS・サブスクリプション事業での活用
SaaSやサブスクリプションモデルでは、初期投資が大きくても、ユーザーが継続利用することで長期的に収益性が改善するケースがあります。ユニットエコノミクスは、この長期的な収益力を分析するのに有効です。
主要指標
- CAC(Customer Acquisition Cost:顧客獲得コスト)
:新規顧客1人を獲得するためにかかるコスト。広告費や営業費、マーケティング費用を含みます。
例: SaaSスタートアップが1人のユーザー獲得に3,000円かかった場合、CAC = 3,000円
- LTV(Lifetime Value:顧客生涯価値)
:1人の顧客が契約期間中にもたらす総利益。ユーザーが長く契約を継続するほど、LTVは高くなります。
例: 1契約ユーザーが年間1万円の利益を生み、平均3年継続する場合、LTV = 3万円
- LTV/CAC比
:収益性の健全性を示す代表的な指標。目安として、SaaS事業では 3以上 が理想とされます。
※LTV/CAC < 1 の場合、顧客獲得コストが回収できず、赤字の状態が続く可能性があります。
計算例
仮にSaaS企業が以下の条件で事業を行っているとします。
- CAC = 5,000円
- 月額収益 = 1,500円
- 平均継続期間 = 24ヶ月(2年)
この場合、LTV、LTV/CACは以下のように計算できます。
LTV=1,500×24=36,000円 |
LTV/CAC = 36,000 ÷ 5,000 = 7.2 |
→この値から、「 ユーザー1人あたりの利益は十分に確保されており、拡大戦略も安全である」と判断することが出来る。
要するに、CACは「コスト」、LTVは「価値」、LTV/CAC比は「効率性」を示す指標として互いに作用し合います。これらを総合的に分析することで、どの顧客層に投資すべきか、どのタイミングで拡大すべきか、さらにはどのサービス改善が利益最大化に寄与するかを戦略的に判断することが可能です。
4.ユニットエコノミクスの戦略的意義
ユニットエコノミクスは単なる数字の分析ではなく、事業戦略やマーケティング戦略を策定する上での重要な意思決定材料になります。
戦略への応用例
- マーケティング投資の最適化
CACが高すぎるチャネルを特定し、費用対効果の高いチャネルへ投資を集中
- 価格戦略の策定
LTVを最大化するために、料金プランやサブスクプランの改定を検討
- 事業スケーリングの判断
赤字ユニットの比率が高い場合は規模拡大前に改善策を講じる
5.実際の事例
事例1:Chatwork(チャットワーク)事業内容:ビジネス向けコミュニケーションSaaS
ユニットエコノミクスの特徴:
- 無料プランから有料プランへのコンバージョン率(CVR)を分析し改善。
- CACを抑えつつ、既存ユーザーのLTVを伸ばす施策を実施。
- ユニットあたりの収益性を短期間で向上させることに成功。
成果:効率的な顧客獲得と収益最大化により、SaaS事業として黒字化を実現。
事例2:Aiming(エイミング/ゲームサブスク型事業)事業内容:モバイルゲームやデジタルコンテンツのサブスクリプションサービス
ユニットエコノミクスの特徴:
- 広告収益モデルと有料会員プランを併用し、CACとLTVを定期的に分析。
- 無料ユーザーから有料ユーザーへの転換率を改善し、収益性を向上。
- プロモーションや広告配信戦略の最適化により、費用対効果を高める。
成果:ユーザー単位での利益率を向上させ、収益の安定化と事業拡張を両立。
これらの事例に共通するのは、CACとLTVを単に計算するだけでなく、改善施策に直結させている点です。
- 高いCACを回収するための施策(無料→有料プラン転換、継続率改善)
- 高いLTVを生むための施策(契約期間延長、アップセル、クロスセル)
- LTV/CAC比をモニタリングして投資効率を判断
こうした分析により、日本のスタートアップは、限られた資源で効率的に事業を拡大しています。
ユニットエコノミクスの限界と注意点
- 平均値の盲点
ユニットあたりの利益は平均値であるため、一部の大口ユーザーに依存している場合、実態よりも過大評価されることがあります 。
- 短期指標ではない
SaaSやサブスクでは契約期間が長いため、短期のユニット収益性だけで判断すると誤った意思決定につながることがあります
- コスト構造の変化
サービス規模拡大に伴い、サーバー費用やサポートコストが変化する場合、初期計算とは異なる結果になることがあります
注意点
ユニットエコノミクスは、事業の健全性を測る「定量的指標」として有効ですが、顧客満足度、継続率、ブランド価値などの「定性的指標」と組み合わせて判断することが重要です。
6.まとめ
ユニットエコノミクスは、SaaSやサブスクリプション事業の最小単位あたり収益性を可視化し、戦略的な意思決定を支える強力な指標です。具体的には、CACやLTV、LTV/CAC比を活用することで、以下のような効果が得られます。
- 投資判断や事業拡大の意思決定を合理化
- 赤字ユニットの早期発見と改善策の立案
- 長期的な収益性を考慮した戦略設計
売上やユーザー数の拡大だけでは見えない、1ユーザーあたりの収益性を常に把握することが、持続可能な成長と競争優位性を築く鍵となります。スタートアップやIT企業は、ユニットエコノミクスを理解し、日々の事業運営に活かすことで、安定した成長と収益性の確保を実現できます。
参考資料
・ユニットエコノミクスとは?計算式、目安、SaaSでの重要性を解説 | コラム | 東大IPC−東京大学協創プラットフォーム開発株式会社
・ユニットエコノミクス(LTV/CAC)とは?計算方法から目安、重要性、改善施策を徹底解説! – Scalebase
・ユニットエコノミクス(LTV/CAC)とは?計算式や業種別の目安について解説 | インハウスブログ
EXPACTでは、特にスタートアップ企業への補助金活用や資金調達を強みとしており、実績・経験も多数ございます。資金調達成功に向けて、パートナーを探している、また詳しく話を聞いてみたいという方は下記からお問い合わせください。