
スタートアップ投資や企業買収の世界では、「デューデリジェンス(Due Diligence)」という言葉を頻繁に耳にします。しかし、初心者にとっては「何をどこまで確認する作業なのか」が曖昧になりがちです。本稿では、デューデリジェンスの意味から目的、種類、具体例、そしてまとめまでを整理し、図解も交えて解説します。
1.デューデリジェンスの意味と位置づけ
デューデリジェンスとは、企業の買収や投資、提携を検討する際に、対象企業の財務・法務・事業・契約・リスクなどを徹底的に調査・分析するプロセスのことです。日本語では「企業精査」や「事前調査」とも呼ばれます。
簡単に言えば、「お金や契約を出す前に、企業の健康状態や潜在的なリスクを確認する作業」です。スタートアップ投資においては、プロダクトやチームの強み・弱みを見極め、適切な投資判断を下すために欠かせません。
2.デューデリジェンスの目的
デューデリジェンスの目的は大きく3つに分けられます。
- リスク把握
・財務上の問題(赤字や債務超過)
・法的リスク(訴訟、特許権侵害)
・契約上のリスク(取引条件や未解決案件)
- 企業価値の評価
・財務状況や収益モデルの分析
・将来の成長性やキャッシュフローの見通し
- 意思決定の根拠作り
・投資・買収の可否や条件の判断材料
・条件交渉(価格調整、契約条項の修正)の基礎
言い換えると、デューデリジェンスは「安心してお金を出すための調査」です。ここで見つかった課題や強みは、投資条件や買収契約の内容に直接反映されます。
3. デューデリジェンスの種類と役割
デューデリジェンスは、投資やM&Aの前に対象企業を精査するプロセスですが、対象と目的によっていくつかの種類に分類されます。各種類ごとにチェックする内容や観点が異なるため、全体を理解して適切に実施することが重要です。代表的な種類は以下の通りです。
1. 財務デューデリジェンス(Financial DD)
目的: 企業の財務状況や収益性を確認し、投資や買収のリスクを評価する
主な確認ポイント | スタートアップ向けの特徴 |
・決算書や試算表の妥当性 ・売上・利益の推移やキャッシュフロー ・負債や未払い債務の有無 ・税務リスクや潜在的な負債 | ・CACやLTVなどのユニットエコノミクスを評価 ・黒字化までのタイミングや資金繰りの健全性を確認 |
2. 法務デューデリジェンス(Legal DD)
目的: 法的リスクや契約上の問題を把握し、将来的なトラブルを防ぐ
主な確認ポイント | スタートアップ向けの特徴 |
・契約書(取引先、顧客、パートナー) ・訴訟・係争案件の有無 ・知的財産権(特許・商標・著作権)の保有状況 ・株主契約、従業員契約、コンプライアンス体制 | ・プロダクトやサービスの知財権が適切に保護されているか ・ストックオプションや役員契約の整備状況 |
3. 事業デューデリジェンス(Commercial / Business DD)
目的: 事業モデルや成長性、競争優位性を分析し、投資判断に資する
主な確認ポイント | スタートアップ向けの特徴 |
・プロダクトやサービスの優位性 ・市場規模・競合環境・成長ポテンシャル ・顧客単価やリテンション率、解約率 ・マーケティング施策やユニットエコノミクス | ・SaaSやサブスクモデルではCACやLTVの数値分析が中心 ・無料ユーザーから有料ユーザーへの転換効率も評価対象 |
4. 人事・組織デューデリジェンス(HR / Organization DD)
目的: 組織の健全性や人材リスクを評価し、事業運営の安定性を確認する
主な確認ポイント | スタートアップ向けの特徴 |
・役員・従業員のスキル・経験 ・離職率や従業員満足度 ・核心人材の引き抜きリスク ・組織体制やガバナンス構造 | ・創業メンバーや重要技術者の退職リスクは事業価値に直結 ・スタートアップでは少人数組織の安定性が重要 |
5. IT・システムデューデリジェンス(IT / Technology DD)
目的: プロダクト・システム・ITインフラの安全性や運用体制を確認
主な確認ポイント | スタートアップ向けの特徴 |
・サーバーやクラウド環境の安定性 ・セキュリティ体制やデータ保護 ・開発プロセスやコード品質 ・サービスのスケーラビリティ | ・SaaSやアプリ企業では、サービス停止リスクやセキュリティ事故が評価に直結 ・将来的なスケーラビリティや拡張性の確認も重要 |
6. 環境・社会・ガバナンス(ESG / Environmental DD)
目的: 環境・社会的側面や企業ガバナンスの健全性を評価する
主な確認ポイント | スタートアップ向けの特徴 |
・環境規制への対応状況 ・社会的責任(CSR)の取り組み ・内部統制やコンプライアンス体制 ・サステナビリティ関連のリスク | ・投資家によるESG評価や将来的な規制対応への備え ・社会的信用の向上にも寄与 |
4. デューデリジェンスの具体例
1. スタートアップ投資投資家がSaaS企業に出資する場合:
・プロダクトの技術的優位性やスケーラビリティを確認
・ユーザー単価(ARPU)、CAC、LTVなどユニットエコノミクスを分析
・契約や知財にリスクがないかを精査
2. M&A(企業買収)
買収側企業が他社を買収する場合:
・財務状況や過去の決算を精査し、想定外の負債がないか確認
・契約上のリスク、未払い債権や訴訟リスクの洗い出し
・組織や人材の引き継ぎ計画を策定
3. 海外展開や資本提携
・海外子会社や提携先のコンプライアンス遵守状況を確認
・契約書の法務リスクを弁護士とともに精査
5.ユニットエコノミクスとデューデリジェンスの関係
ユニットエコノミクス(Unit Economics)とは、事業の最小単位、たとえば1ユーザーあたりの収益性を測る指標です。具体的には、顧客獲得コスト(CAC)とライフタイムバリュー(LTV)を比較し、1ユーザーあたりが黒字化するかどうかを分析します。
一方、デューデリジェンスは投資や買収の前に企業のリスクや価値を精査するプロセスです。財務、法務、事業、組織など幅広い観点から企業をチェックします。
ユニットエコノミクスは、事業DD(事業デューデリジェンス)の中心的指標として活用されます。具体的には以下のような関係があります。
収益性の把握
デューデリジェンスでは、対象企業が継続的に黒字化できる事業モデルを持っているかを確認します。ユニットエコノミクスは、1ユーザー単位の収益性を示すため、事業モデルの健全性や利益の発生タイミングを明確に把握できます。
投資リスクの評価
LTVがCACを上回っていない場合、投資した資金が回収できないリスクがあります。デューデリジェンスでは、ユニットエコノミクスの数値を精査することで、資金回収の見込みや赤字拡大のリスクを可視化できます。
事業成長戦略の検証
ユニットエコノミクスは、ユーザー獲得施策や価格設定の改善がLTVやCACに与える影響も示します。デューデリジェンスを通じて、投資家は成長施策の妥当性や収益最大化の戦略を評価できます。
つまり、ユニットエコノミクスはデューデリジェンスにおける「事業の収益性チェック」の定量的指標であり、投資判断や買収条件の根拠となります。スタートアップやSaaS事業では、この指標が黒字化タイミングや成長ポテンシャルを判断する重要な材料になります。
6. まとめ
デューデリジェンスは、単なるチェック作業ではなく、投資・買収判断の意思決定を支える中核プロセスです。特にスタートアップでは、財務・法務・事業・人材などの複合的なリスクを把握し、ユニットエコノミクスや事業モデルの健全性を評価することが重要です。
・投資家や買収企業は、デューデリジェンスで得た情報をもとに条件交渉やリスク対応策を策定
・企業側も透明性のある情報開示により、信用力を高めることが可能
・適切に実施されたデューデリジェンスは、長期的に持続可能な成長と黒字化の土台を作る
スタートアップやSaaS事業においては、CACやLTV、ユニットエコノミクスを含めた事業データの整理が、投資判断を左右する重要なポイントとなります。デューデリジェンスは、まさに「事業の健康診断」とも言えるプロセスなのです。
参考資料
・デューデリジェンスとは – KnowHows(ノウハウズ)
・デューデリジェンス(DD)とは?目的や手続き、種類を解説|M&Aを学ぶ|日本M&Aセンター
・デューデリジェンスとは!?今さら聞けない初心者がしっておくべきポイントをわかりやすく解説
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