
デュアルユース・スタートアップの最前線
ー民生と防衛をつなぐ新市場への挑戦ー
デュアルユース・スタートアップは、民生と防衛を橋渡ししながら成長する戦略領域です。輸出管理や経済安全保障を正しく理解すれば、官民双方で資金調達・販路拡大のチャンスが広がります。
この記事では、「民間技術の軍事転用(スピンイン)」と「軍事技術の民間転用(スピンオフ)」の両側面から、国内外の制度・資金・事例・実務のポイントを整理します。
デュアルユースとは何か
「デュアルユース(軍民両用)」とは、軍事と民生の両方で活用可能な技術・製品を指します。しかし単なる技術分類に留まらず、「どちらの市場を先に攻略するか」という順序設計を含む事業戦略です。
米国の輸出管理規則(EAR)は「民生・軍事・大量破壊兵器(WMD)」用途への転用可能性を定義し、日本でも外為法・輸出貿易管理令に基づくリスト規制・用途審査・包括許可制度が運用されています。
なぜ今、注目されているのか
日本政府は、防衛省・経済産業省の連携によってスタートアップ参入を後押ししています。「防衛産業へのスタートアップ活用推進会」を通じたニーズ提示やマッチング、装備化支援などが進み、官需アクセスのハードルが下がりつつあります。
さらに2025年にはセキュリティ・クリアランス法 (正式名称:重要経済安保情報の保護及び適正な取扱いに関する法律)が成立し、機微情報を扱うための認証制度が整備されました。これにより、官民連携の前提が明確化し、スタートアップにとっての制度的不確実性が大きく低減しています。デュアルユースや経済安全保障分野における大きな転換点になっています。
セキュリティ・クリアランス法とは?
この法律は、国家の安全保障に関わる重要情報(=機微情報)を、官民で適切に共有・保護するための制度を整備したものです。
いわば、日本版の「情報アクセス認証制度」であり、米国のSecurity Clearance(機密取扱資格)制度に相当します。
これまで日本では、防衛や経済安保に関する機微情報を取り扱う民間事業者や研究機関に対して、統一的な認証基準が存在しませんでした。
そのため、企業やスタートアップが防衛・安保関連のプロジェクトに参入しようとしても、「情報をどこまで共有できるか」が不明確で、制度的不確実性が大きな障壁となっていました。
何が変わったのか(制度のポイント)
2025年施行の法制度では、以下のような枠組みが導入されています:
① 「重要経済安保情報」の定義
防衛、エネルギー、半導体、通信、AI、量子など、国家安全保障に関係する分野の情報で、漏洩すれば国益を害するおそれがある情報を対象とします。
② 「適格性確認制度」の導入
この情報を扱う企業・研究者・技術者に対して、政府が身辺・経歴・外国との関係などを確認し、機微情報へのアクセス可否を判断します。
→ これがいわゆる「クリアランス認証(Security Clearance)」です。
※機微情報を扱う担当者だけでなく、組織全体の管理体制や内部統制も評価対象になります。
③ 民間企業・研究機関も対象
従来は防衛関連企業に限られていましたが、新制度ではスタートアップ・大学・研究機関も対象。→ これにより、防衛・経済安保関連の公募研究や委託事業に参加しやすくなりました。
④ 不正アクセスや漏洩への罰則強化
クリアランス対象情報を不正に閲覧・漏洩した場合は、刑事罰の対象になります(懲役・罰金など)。制度の信頼性を確保するための厳格な仕組みです。
スピンイン:民間技術の軍事転用
AI、無人機、衛星通信、量子、先端材料といった民生技術は、いまや防衛領域でも不可欠です。これらの技術がISR(情報・監視・偵察)、指揮統制、電子戦などに転用される流れを「スピンイン(Spin-in)」と呼びます。
ウクライナ戦争では商用ドローンや画像解析AIが現場に即応導入され、スタートアップが防衛力の一端を担う事例が世界的に注目されました。
スピンインは、防衛調達のスピードと柔軟性を高める新たな実装様式として定着しつつあります。
スピンオフ:軍事技術の民間転用
一方で、GPSやインターネットなど、軍事研究から生まれた技術が民間で新産業を創出した歴史は、「スピンオフ(Spin-off)」の価値を象徴しています。
近年では堅牢な通信技術やサイバー防御、先進センサー、無人機制御技術が、防災・物流・モビリティ・インフラ分野に応用され、公共価値を拡大しています。
軍事由来の技術が民間で社会課題を解決する——これもデュアルユースの重要な形態です。
日本の成功事例
ACSL:国産小型ドローン「SOTEN」で防衛装備庁の入札を複数受注し、航空自衛隊にも採用。官公需の信頼を獲得し、民間市場でもブランド価値を高めています。
Synspective:小型SAR衛星の技術を活かし、航空自衛隊向け「宇宙システムセキュリティ標準ガイドライン」策定業務を受注。宇宙・防衛・民間を横断するデュアルユース展開を実現しました。
これらの事例は、防衛市場からのレファレンスが民間市場の信頼構築につながることを示しています。
海外エコシステム:DIANAとIn-Q-Tel
NATO DIANA
欧州では「DIANA(Defence Innovation Accelerator for the North Atlantic)」が両用技術の実装を推進しています。
選定企業には最大40万ユーロの非希薄化資金とテスト環境が提供され、課題解決を通じた事業化を支援。2025年には支援テーマを10領域に拡大しました。
In-Q-Tel
米国ではCIA系列のIn-Q-Telが政府ミッションを起点とした戦略的出資を実施。シード〜シリーズB段階の企業に少額・機動的な資金を供給し、官公需への適応開発を後押ししています。
規制と経済安保対応
日本企業がデュアルユース分野で事業を展開するには、以下の制度対応が欠かせません。
外為法・輸出貿易管理令に基づくリスト規制・用途審査・再輸出管理
社内輸出管理体制(ICP)の整備とドキュメンテーション
セキュリティ・クリアランス法に基づく情報・契約・人事管理の整備
法令遵守を基盤とすることで、官需・海外連携・資金調達の全てに信頼性を担保できます。
市場戦略
Defense-firstか、Commercial-firstか
デュアルユースは「カテゴリー」ではなく「戦略」です。
防衛先行(Defense-first)、民生先行(Commercial-first)、あるいは並走型など、複数の進め方が存在します。
重要なのは「どの段階で市場を切り替えるか」。
官公需での実績は国内外の信頼獲得に直結し、次の民間市場展開を加速します。
倫理・ESGとガバナンスの実装
軍民両用技術は平時・有事をまたぐため、倫理・透明性・説明責任の整備が不可欠です。
用途管理、相手先デューデリジェンス、輸出管理遵守、影響評価などを明文化し、ガバナンスとESGの整合性を示すことが求められます。
投資家や顧客に対して「社会的受容性と合法性の両立」を説明できる体制が、スタートアップの信頼と持続性を支える基盤になります。
軍事転用されやすい民間技術の代表例
領域 | 主な応用例 |
---|---|
AI・機械学習 | 画像認識・目標識別・情報作戦 |
商用ドローン・無人機 | ISR・物資投下・電子戦プラットフォーム |
商用衛星・衛星データ | SAR・光学・災害対応・監視 |
センサー・計測 | LiDAR・赤外線・慣性計測 |
通信技術 | 5G/6G・衛星通信・耐妨害通信 |
サイバー・暗号 | ゼロトラスト・量子耐性暗号 |
半導体・電子部品 | 高性能RF・電力半導体 |
先端材料 | 耐熱・軽量・装甲・複合材 |
エネルギー | 高密度電池・燃料電池・マイクログリッド |
自律制御・ロボティクス | 群制御・自律航法 |
3Dプリンティング | 金属AMによる迅速試作・補修 |
バイオ・合成生物 | 検出・診断・バイオ素材 |
GIS・地理空間 | 変化検知・気象・災害インテリジェンス |
これらの領域は輸出管理の対象となる可能性が高く、法規制と市場開拓を併走させることが成功の鍵です。
海外連携の最新トピック:日本発の動き
2025年4月、NATOのルッテ事務総長と日本のデュアルユース・スタートアップ8社(ACSL、VFR、イノフィス、ミツフジ、WOTA、Synspective、LQUOM、Sakana AI)が経産省で意見交換を実施。
防衛技術と民生技術の橋渡しをめぐる国際連携が加速しています。
ACSLやSynspectiveは当日の展示企業としても参加し、国内外の官民ネットワークを拡張しました。
スタートアップにとっての意義
1️⃣ 防衛・安保分野の案件への参入が容易に
― 情報アクセス資格を得ることで、防衛装備庁や経産省が実施する共同研究・実証事業・調達案件への参加がスムーズになります。
2️⃣ 海外連携がしやすくなる
― NATOや米国の安全保障パートナーシップ(例:DIANA、In-Q-Tel等)では、
機微情報保護体制の有無が連携条件になっている場合が多い。
日本企業がこの認証制度を持つことで、国際共同開発の信用力が高まります。
3️⃣ 情報セキュリティとガバナンス体制の強化
― スタートアップにとっても、セキュリティ・クリアランス対応を機に内部統制・契約管理・人事チェック体制を整備するきっかけになります。
→ 結果的に、投資家や取引先からの信頼も向上。
実務的なポイント
経営層・管理部門がクリアランス取得プロセスを理解しておく(申請〜審査〜更新)
機微情報を扱う可能性のあるプロジェクト単位でアクセス範囲を設定
社内教育・情報管理手順書を整備(アクセスログ・監査・人事異動対応など)
契約・共同研究時にクリアランス前提条項を明記しておく
まとめ
制度 × 戦略 × 倫理で次の成長ステージへ
デュアルユース・スタートアップは、「軍事と民生の間」ではなく「両方を橋渡しする存在」です。
輸出管理・経済安保・セキュリティ・クリアランスの制度対応を基盤に、DIANAやIn-Q-Telといった国際エコシステムを活用することで、日本発の両用技術は世界市場でも存在感を発揮できます。
セキュリティ・クリアランス法の成立によって、
日本でもようやく「官民で安全に機微情報を共有できる制度的基盤」が整いました。
これは、デュアルユース・スタートアップにとって
官公需参入の扉が開く
海外との共同研究が進めやすくなる
企業価値・信頼性が向上する
という三重のメリットをもたらします。
つまり、「制度的不確実性の解消」=事業機会の拡大です。
技術の可能性を、社会と安全保障の両面で活かす。
その挑戦こそ、次世代スタートアップに求められる「デュアルユース戦略」の核心です。