はじめに
スタートアップが市場で勝ち残るためには、単にユーザー数や売上を伸ばすだけでは十分ではありません。売上に至るまでの仕組みが健全かどうか、すなわち長期的に成長が再現可能かどうかを見極める必要があります。その中心にあるのがCAC(Customer Acquisition Cost=顧客獲得コスト)という指標です。
CACは、文字通り「顧客1人(あるいは1社)を獲得するためにどれだけのコストがかかったか」を示す指標で、スタートアップの成長モデルの健全性を可視化します。広告費や営業人件費だけでなく、マーケティングツール費、イベント出展費、代理店・外注コストなど、顧客獲得に紐づくすべての費用を含めて計算されるべきものであり、これを正確に把握できるスタートアップは戦略的に成長を描くことができます。
CACとは何か
CACは、以下の式で表されます:
CAC =「顧客獲得にかかった総コスト」 ÷ 「新規獲得顧客数」
いわば、“顧客1人を得るのに何円使ったか” を示す数字です。しかしCACが単なるコスト計算にとどまらないのは、それがスタートアップの成長設計そのものを映し出す鏡であるからです。外部からの資金調達が容易であったり、初期は営業パーソンの属人的な力で売れていても、CACが高止まりしていれば、それは将来の成長の脆弱性を示唆するサインになります。
例えば、広告を大量に投下することで一時的にユーザー数や問い合わせ数が伸びることがあります。しかし、そこから得られる顧客が実際にLTV(Life Time Value=顧客生涯価値)を生むかどうかを見極めなければ、そこに投じたコストは単なる“虚像”にすぎません。LTVとCACの関係性(LTV/CAC比)は、投資家や経営者にとって成長の持続性を判断する重要な基準です。
CACを経営戦略として捉える
CACは、単に測定するだけの数字ではなく、戦略的に設計するものです。スタートアップのフェーズや成長段階によって、CACの捉え方や使い方は変わります。
PMF(Product Market Fit)前では、CACをできるだけ下げることを目的とするのではなく、どのチャネルや顧客セグメントで反応が良いかを探るための仮説検証ツールとしてCACを使うべきです。この段階では、むしろチャネル別・セグメント別にCACを把握し、どこにコストを投じる価値があるのかを見極めることが重要になります。
一方、PMF後〜スケール初期に入ると、CACは経営判断の中心に据えるべき指標になります。ここでは、チャネルごとのCACを比較し、営業やマーケティングの再現性を高めることが求められます。どのチャネルが高い効率で顧客を獲得しているのか、どのセグメントでLTVが高いのか、これらを深掘りすることが必要です。
さらに、スケールフェーズでは、CACの傾向が維持できているかが成長の耐久力を左右します。営業人員を増やしたとき、広告費を2倍にしたとき、同じようなCACの効率が維持されるかどうかは、GTM(Go-To-Market)戦略やプロダクト・マーケットの一致度を測る重要な指標になります。
CAC悪化の典型的なパターン
多くのスタートアップが陥るCAC悪化のパターンは、以下のようなものです:
- トップセールス依存型の成長
初期は創業者や一部の優秀な営業担当者の力で売れているため、個人のパフォーマンスに頼った営業モデルになりやすい。この場合、組織として再現性のある営業プロセスにならず、スケールするとCACが増大していきます。 - 短期指標最適化型の戦略
商談数やCV(コンバージョン)数の向上を追いすぎるあまり、質の低い見込み客を大量に集めてしまい、結果的に顧客単価やLTVが伸びないままCACが膨らむことがあります。
これらはいずれも、CACを単に結果として見るだけにとどまっている証拠であり、戦略的にCACを設計するという視点が欠けています。
CACを下げるための設計
CACは後から生まれるものではなく、事前に設計できるものです。スタートアップがCACを構造的に低く保つために有効な戦略には、次のようなものがあります:
- 理想顧客像(ICP)の明確化
顧客のペインポイント、意思決定プロセス、価値評価の基準を深く理解し、ターゲットを絞ることで、無駄なコストを削減できます。 - 初期導入のハードルを下げる
フリーミアムやPQL(Product Qualified Lead)など、低価格・低抵抗の導入パスを設けることで、最初の顧客接点を増やし、自然流入を促進します。 - Growth LoopやCommunityの仕組みを組み込む
プロダクトやサービスの利用体験自体が口コミや紹介を生み出す設計にすることで、広告や営業費用に頼らない成長構造を作れます。
このような設計がCACに反映されると、スタートアップは外部からの資金に頼ることなく、自走的な成長モデルを構築できます。
投資家がCACを見る理由
投資家がスタートアップの評価時にCACを重視する理由は、CACに単なる効率性だけでなく、組織の再現性、戦略成熟度、成長の持続可能性が表れるからです。
LTV/CAC比率が健全であり、CACが安定しているスタートアップは、投資先としても魅力的です。また、「なぜあなたのスタートアップは伸びているのか」「どこまでスケールできるのか」を説明する際に、CACは重要な説明材料になります。
逆に、CACを把握できていない成長は「偶然の産物」と評価されがちであり、投資判断のリスクを高めてしまいます。
CACは成長設計の中枢にある
CACとは、単なる顧客獲得コストの指標ではありません。それは、スタートアップがどのように成長しようとしているのかという経営戦略の本質を映す鏡です。売上やユーザー数の増加だけでなく、そこに至るまでの仕組みが健全かどうか、再現性があるかどうかを測るための、中核的な指標と言えます。
まずは、自社のCACを正確に把握すること。そこから、プロダクト・マーケット・フィットを見極め、顧客獲得の設計を洗練させ、持続可能な成長モデルを描くことが、スタートアップにとっての次の挑戦です。
CACの理解と制御は、数字の先にある事業価値の創出へと、あなたを導いてくれるはずです。
参考資料
・CAC(顧客獲得単価)とは?CPAとの違いやLTVとの関係、計算方法を詳しく解説 – Salesforceブログ
・CAC(顧客獲得コスト)とは?計算方法とCPAとの違いを解説
・CACとは?LTVとの関係性や計算方法、活用手順、改善方法を解説 | 営業DX Handbook by Sansan
EXPACTでは、特にスタートアップ企業への補助金活用や資金調達を強みとしており、実績・経験も多数ございます。資金調達成功に向けて、パートナーを探している、また詳しく話を聞いてみたいという方は下記からお問い合わせください。

