岸田内閣が推進する「新しい資本主義」
岸田総理は、2022年9月NY証券取引所における講演で日本が解決すべき5つの優先課題というテーマで発言をしています。特に「人への投資」には多くの時間を割いて発言されており、今後の日本政府の方針を色濃く反映したものと考えています。一部抜粋したものを下記に記載します。
第1に「人への投資」だ。デジタル化・グリーン化は経済を大きく変えた。これから大きな付加価値を生み出す源泉となるのは、有形資産ではなく無形資産。中でも人的資本だ。だから人的資本を重視する社会をつくりあげていく。
まずは労働市場の改革。日本の経済界とも協力し、メンバーシップに基づく年功的な職能給の仕組みを、個々の企業の実情に応じてジョブ型の職務給中心の日本に合ったシステムに見直す。
これにより労働移動を円滑化し、高い賃金を払えば高いスキルの人材が集まり、その結果労働生産性が上がり、さらに高い賃金を払うことができるというサイクルを生み出していく。
そのために労働移動を促しながら就業者のデジタル分野などでのリスキリング(学び直し)支援を大幅に強化する。
岸田首相は個人のリスキリング支援として、人への投資に5年間で1兆円を投じると表明したことで一気に「リスキリング」が注目度が増しています。なぜ今、リスキリングが重要なんでしょうか?政府の狙いと効果的なリスキリングの実践方法について考えていきましょう。
リスキリングとは?
リスキリングとは、どんな意味でしょうか?リスキリングとは、Reskilling または、Re-skillingを日本語で表記した言葉です。学び直しやスキルアップを指す言葉です。
具体的には、「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」と言われています。
近年では、特にデジタル化と同時に生まれる新しい職業や、仕事の進め方が大幅に変わるであろう職業につくためのスキル習得を指すことが増えています。具体的には、システムエンジニアやプログラマーに求められるプログラミング教育やAIやIoT、「ロボット技術」または「ロボティクス」などに関連する新たな職業が増えていくと考えられ、デジタル技術を取り入れた形で新しい仕事が生み出されています。
・語学
・起業家教育
・ファイナンス教育
・プログラミング
・デザイン(UI/UX含む)
・データ分析
・マーケティング
・セキリュティ
・AI・機械学習
さらにそうしたデジタル領域の専門スキルに英語が掛け合わされるとさらに人材の希少性が増し、年収アップにつながっていると言われています。
リスキリングはデジタル分野の学び直しだと考えられがちですが、デジタルに限らず、市場ニーズが高まっていて人手不足感がある領域を学ぶという意味で捉えられています。
最近では、GXの進展に伴い「グリーン・リスキリング」が注目されています。欧州では石油やガス分野に従事してきた技術者が、洋上風力といったクリーンエネルギー分野へ移動できるよう国や産業界が一体となってリスキリングを推進しています。
また、将来的に宇宙産業の需要が高まれば「スペース・リスキリング」など市場拡大や政策誘導によって、リスキリングは変化していくだろうと考えられています。
リスキリングは「リカレント教育」ではない?リカレント教育とは?
リカレント教育は「働く→学ぶ→働く」のサイクルを回し続けるありようのこと。新しいことを学ぶために「職を離れる」ことが前提になっており、リスキリングとは違う意味で用いられています。
リスキリングは単なる「学び直し」ではない
昨今の「学び」への注目のなかには、個人が関心に基づいて「さまざまな」ことを学ぶこと全体をよしとすることが多いが、リスキリングは「これからも職業で価値創出し続けるために」「必要なスキル」を学ぶ、という点が特に強調されています。
リスキリングに類似の言葉
アップスキリング、アウトスキリングという言葉もあります。
アップスキリング
これは文字通りスキルをアップするということです。日本語でもスキルアップという言葉がよく使われていますね。従業員のキャリアアップに役立つ知識、スキル、コンピテンシーを強化するための長期的な投資を行うことで人的資本経営への移行や従業員エンゲージメントの向上やリテンション(定着)の抑止につながると考えられます。
アウトスキリング
アウトスキリングは、レイオフまたはその危険性が高い従業員に、デジタル分野などの成長産業への就職に役に立つスキル教育を実施し、新しいキャリアの形成を支援することを指しています。具体的には、労働市場で需要の高いスキルのトレーニングと資格などの認定、コーチング、職業紹介などを組み合わせて提供されることが多いと言われています。
アウトスキリングや岸田総理の言葉にもあるように、今後は日本的な終身雇用を前提とした年功序列制度のような雇用形態ではなく、欧米諸国では以前から一般的に導入されているジョブ型雇用に日本の労働環境も徐々に移行していくと考えられます。
特に50代以降のデジタル技術とは無縁のビジネスパーソンも今後は、リスキリングによるスキルアップや部署移動、配置転換が必要になってきます。
ビジネスモデルや経営戦略、事業戦略に合わせて人材戦略も変わっていく
企業がデジタル技術を活用して、DXやビジネスモデルの変革を図るためには、従業員のリスキリングによってデジタル技術の力を使いこなしながら新たな付加価値を創造できるように、多くの従業員の能力やスキルを底上げする必要があります。
人材ポートフォリオによる現状のスキルの可視化
「人材ポートフォリオ」に加えて、個人ごとの「スキルデータベース」「スキルマップ」などの整備も必要になります。人材ポートフォリオの作成によって、自社が抱えている余剰人員や不足する高度人材などを把握できるようになります。これにより、人材が不足しているプロジェクトや部署に対して、中途採用や配置、従業員教育、外部研修、MBA取得、社費留学など適切な対応策が取れるようになります。
最適な人材配置
社員一人ひとりに合わせたキャリアパスを形成できる
「価値を生み続ける」人材として生き残るために
リスキリングしなければ、企業内で「価値を生み続ける」人材として生き残れない。逆にいえば、上手にリスキリングすれば、社内やクライアントに対して高い価値を提供できる。
自分自身のブランディングとして、自らの現有スキルを可視化したうえで、新しい職務の可能性を見せることで研修予算の獲得や部署異動、出向、MBA取得支援、社費留学など多くのチャンスが得られる可能性もあります。
人材投資や個人の社外学習等の国際比較
日本企業のOJT以外の人材投資(GDP比)は、諸外国と比較して最も低く、低下傾向。社外学習・自己啓発を行っていない個人の割合は半数近くで、諸外国と比較しても不十分と言えます。
<参考:経済産業省の取組(厚労省)>
企業が高等教育機関での就学を認めない理由としては、「本業に支障をきたす」「教育内容が実践的ではなく現在の業務に生かせない」ことが挙げられています。
<参考:経済産業省の取組(厚労省)>
デジタル社会において求められる人材像
デジタル社会においては、全ての人が、役割に応じた相応のデジタル知識・能力を習得する必要があります。特に若年層は、小・中・高等学校の情報教育を通じて一定レベルの知識を習得する必要があります。また、現役のビジネスパーソンについても学び直し(=リスキリング)が重要となります。
<参考:経済産業省の取組(厚労省)>
(出所)経済産業省「デジタル時代の人材政策に関する検討会 実践的な学びの場WG(第2回)資料」を基に作成。
リスキル講座
リスキル講座とは、IT・データを中心とした将来大きな成長が見込まれ、雇用創出に貢献すると考えられる分野において、ビジネスパーソンが高度な専門性を身に付けキャリアアップを図ることができる、専門的・実践的な教育訓練講座を経済産業大臣が認定する制度です。<参考:経済産業省の取組(厚労省)>
人的資本経営の実現に向けた検討
デジタル化や脱炭素化、コロナ禍における人々の意識の変化など、経営戦略と人材戦略の連動を難しくする経営環境の変化が顕在化するにつれ、非財務情報の中核に位置する「人的資本」が、実際の経営でも課題としての重みを増してきています。
また、海外では、以前から、人的資本情報の開示に向けた機運が高まっていましたが、その傾向は継続しています。国内でも、2021 年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードにおいて、人的資本に関する記載が盛り込まれています。
「人的資本」の重要性を認識するとともに、人的資本経営という変革を、どう具体化し、実践に移していくかを主眼とし、それに有用となるアイディアが「人材版伊藤レポート2.0」としてまとめられています。
未来人材ビジョンの策定
より少ない人口で社会を維持し、外国人から「選ばれる国」になる意味でも、社会システム全体の見直しが迫られている。雇用・人材育成と教育システムは、別々に議論されがちであるが、これらを一体的に議論する必要があります。
企業ができることは何か。これからの時代に必要となる具体的な能力やスキルを示し、今働いている方、これから働き手になる学生、教育機関等、多くの方々に伝えることで、それぞれが変わっていくべき方向性を明確にするために「未来人材ビジョン」が策定されています。
リスキリングに使える予算関連(補助金、助成金)
リスキリングを通じたキャリアアップ支援事業
構造的な賃上げの実現に向けて、企業間・産業間の労働移動の円滑化及びデジタル分野等のリスキリングに向けた投資を進め、持続的な成長と分配の好循環の達成を目指すことが必要。そのため、個人によるキャリア相談、リスキリング、転職までを一気通貫で支援する仕組みの整備を講じる。
個人が民間の専門家に相談し、リスキリング・転職までを一気通貫で支援する仕組みを整備すべく、これらに要する費用を民間事業者等に対して支援する。
キャリア相談、リスキリング、転職支援までを一気通貫で支援する仕組みの整備を通じて、リスキリングと労働移動の円滑化を一体的に進める。
教育訓練給付制度
在職者又は離職後1年以内(出産・育児等で対象期間が延長された場合は最大20年以内)の方が専門実践教育訓練を受ける場合に、訓練費用の一定割合を支給します。
また、昼間通学制の専門実践教育訓練を受講する、一定の要件を満たす45歳未満の離職中の方に対しては、雇用保険の基本手当日額の80%が訓練受講中に2か月ごとに支給されます。(令和6年度末まで)
支給の条件
給付金を受給するためには、雇用保険の支給要件期間が3年以上(初回の場合は2年以上)である必要があります。(過去に給付金を受給した場合、その時の受講開始日以前の期間は通算できません)
給付の内容
・受講費用の50%(上限年間40万円)が6か月ごとに支給されます。
・さらに、受講を修了した後、1年以内に雇用保険の被保険者として雇用された又は引き続き雇用されている場合には、受講費用の20%(上限年間16万円)を追加で支給します。
人材開発支援助成金(事業展開等リスキリング支援コース)
○リスキル講座を従業員に受講させた場合、令和4年度から3年間は、人への投資促進コースにおいて訓練経費や訓練期間中の賃金の一部について、通常よりも高い助成率・助成額で助成金が受けられます。
・人への投資促進コース(高度デジタル人材訓練)
経費助成:75%(60%)賃金助成:960円(480円)/1人1時間あたり
※括弧内は、中小企業以外の助成率・助成額
支給対象訓練
① 助成対象とならない時間を除いた訓練時間数が10時間以上であること
② OFF-JT(企業の事業活動と区別して行われる訓練)であること
③ 職務に関連した訓練であって以下のいずれかに該当する訓練であること
Ⅰ 企業において事業展開を行うにあたり、新たな分野で必要となる専門的な知識及び技能の習得をさせるための訓練
Ⅱ 事業展開は行わないが、事業主において企業内のデジタル・デジタルトランスフォーメーション化やグリーン・カーボンニュートラル化を進めるにあたり、これに関連する業務に従事させる上で必要となる専門的な知識及び技能の習得をさせるための訓練
まとめ
日本の現状は、一部の上場企業など先進企業で取り組みが加速する一方で、中小企業などデジタル化が遅れている企業の反応は鈍いのが現状です。
スキルがなければ職を失うとの意識が希薄な日本ではデジタル人材の育成が進んでいなかったと言えます。今後、人材獲得競争が激化することで、リスキリングに取り組まない企業が取り残され、採用が進まず、事業拡大が困難になると考えています。
未来人材ビジョンにもあるように、人的資本経営をスタートアップから学び、実践していく必要があると考えています。
EXPACTでは、スタートアップ企業への資金調達を強みとしながら、採用や人事制度構築、社員研修等のお手伝いも行っております。詳しく話を聞いてみたいという方はお問い合わせください。
また、銀行員のリスキリングはBanker’s Circle(バンカーズサークル)や起業家教育を行っているFounder’s Circle(ファウンダーズサークル)も是非ともご活用ください。