SaaSスタートアップの新しい競争戦略!コンパウンドスタートアップとは?
皆さんは、「コンパウンドスタートアップ」や「コンパウンド戦略」、「コンパウンドSaaS」という言葉を耳にしたことはありますか?マーケットのグローバル化が進み、変化が激しい現代社会では、企業の競争戦略にも変化を取り入れる必要があります。
今回は、従来のスタートアップの常識を覆す新しい競争戦略である「コンパウンドスタートアップ」について紹介します。ぜひ最後までご一読ください。
コンパウンドスタートアップとは?
コンパウンドスタートアップとは、混合物や複合したものという意味を持つ ”Compound”と、起業や新規事業の立ち上げを意味する”Start-up”を掛け合わせた単語で、「企業の創業時から、一つのプロダクトでは無く、複数のプロダクトを同時に提供する企業」のことを言います。
コンパウンドスタートアップが注目されている理由は複数のプロダクトを同時に提供するという部分にあります。というのも、スタートアップ業界では、一つのプロダクトをローンチし、そのプロダクトを成功させてから次のプロダクトへ移るべきという従来の常識がありました。そのため、企業立ち上げの時点から、複数プロダクトをローンチするというコンパウンドスタートアップの概念は、従来の常識を覆す全く新しい競争戦略であると言えます。
引用: The One Thing Everyone Knows About Building a Startup is Wrong with Parker Conrad (Rippling)
コンパウンドスタートアップの特徴
コンパウンドスタートアップは、アメリカのスタートアップ、 “Ripping”のCEOであるParker Conrad氏がStartup Grind Global Conference 2021で初めて提唱した競争戦略です。Parker Conrad氏は、ユニコーン企業であるZenefitsの元CEOであり、Zenefitsでの失敗や、当時の経験を元に、Rippplingを創業しました。
Parker Conrad氏は、「スタートアップにはまだ未開発のカテゴリーがある」と主張し、コンパウンドスタートアップとして複数のプロダクトのローンチに成功。自身の講演で、従来の常識であるフォーカスを一つに絞ったスタートアップのアプローチが時代遅れである理由について説明し、Rippingのようなコンパウンドスタートアップの戦略的優位性について主張しています。下に、Parker Conrad氏が提唱するコンパウンドスタートアップの特徴についてまとめてみました。
以上の特徴について、提唱者のParker Conrad氏がCEOであるRipplingを例に、当てはめてみました。
まずRipplingはコンパウンドスタートアップとして直近一年で5〜7のプロダクトをローンチすることに成功しています。また、HRとITの統合サービスを提供しているRipplingですが、HRなど部署ごとに分けて各部署ごとに必要なサービスを構築するのでは無く、顧客データや従業員データを基盤にして、データを中心にサービスを展開している点も特徴のうちの一つです。
出典:https://luttig.substack.com/p/rippling
そして、複数のプロダクトを同時に提供することによって、単一プロダクトをローンチする時よりも企業の成長の加速を促します。実際にRipplingは、毎年決まって獲得できる収益を意味し、「Annual Recurring Revenue(年次経常収益)」の略であるARRが、$1M から $5Mに到達する速度で成長しています。
最後に、マルチプロダクトを運営することが可能な企業の組織体制について、Ripplingは、起業経験者や、元創業者を積極的に採用しています。実際に、50 人を超える元創業者がゼネラルマネージャーとして特定の製品ラインの構築と運営を支援しています。
参考文献:https://comemo.nikkei.com/n/n7332c93f50c7
どうして今コンパウンドスタートアップ?
従来のスタートアップの常識を覆すコンパウンドスタートアップですが、どうして今始めるべきなのでしょうか?
その理由について、Parker Conrad氏は2つの理由をあげています。
焦点を絞りすぎると機会を逃す
先ほど、スタートアップの常識を説明したように、長年もの間、スタートアップは自社の製品やサービスの焦点を非常に狭くすることが正しいとされ、むしろプロダクトの範囲を広げることはリスクのあることであり、スタートアップとして相応しくない経営戦略とされてきました。
しかし、Parker Conrad氏はこの従来の常識に全面的に反対しています。Parker Conrad氏は、主にSaaS スタートアップについて、「企業がフォーカスを非常に狭く絞っていることが業界の足を引っ張ってきた」と述べています。
スタートアップを狭い焦点に狭めてしまうと、取り組む問題の種類が制限されてしまいます。「クライアントが抱えている問題について考えると、多くの場合、さまざまなビジネス システムやポイントソリューションにまたがっている」とパーカー氏は主張しています。
つまり、最大限価値を世の中に生み出すことのできる企業を作るために、解決する問題を一つにフォーカスすると企業としてのビジネスチャンスを逃してしまうのです。
コンパウンド戦略は効率的に課題解決できる
フォーカスを狭く絞ってしまう従来のスタートアップに比べて、コンパウンドスタートアップは、幅広く問題のフォーカスを捉えてプロダクトを提供するため、顧客の抱えている問題を効率的かつ包括的に解決することができます。
「コンパウンドスタートアップとは、非常に狭いことを 1 つだけ行うのではなく、一連の異なるポイントソリューションシステムを1つの一貫した製品で構築することで、関連する複数の異なるポイントソリューションに同時に取り組み、企業にとってより大きな問題を解決しようとするスタートアップである」とParker Conrad氏は説明しています。最終的に大きな課題を解決するためには、コンパウンドスタートアップの方が近道であると言えます。
コンパウンドスタートアップのメリットとデメリットは?
- 価格設定での優位性
バンドルによる割引が可能になり、単体プロダクトよりも価格競争力が高まる。コンパウンドスタートアップのメリットは、やはりバンドル販売により収益を最大化することができる点です。バンドル価格設定とは、企業が多くの製品やサービスをまとめて、1つの商品として1つの価格で販売することを言います。SaaS企業でいうと、Microsoft Officeが代表的なバンドル価格です。自社のプラットフォームで複数のソフトウェアモジュールを利用するSaaS市場において、特に強力な戦略ですが、コンパウンドスタートアップの場合、複数のプロダクトをバンドル価格で提供することにより、売上の向上が期待できます。 - プロダクト間の相乗効果
複数のプロダクトが連携することで、単体よりも高い価値を生み出せる。データの相互活用などによりプロダクトの機能が強化される。 - 開発の効率化とスピードアップ
共通のミドルウェア(基盤技術)を活用することで、新しいプロダクトを素早く安価に開発できる。 - 顧客ロックイン
複数のプロダクトに顧客を紐付けることで、ロックイン効果が高まる。 - 規模の経済性
複数プロダクトによる収益の複線化で、規模の経済性が働きやすくなる。
つまり、コンパウンド化によってプロダクト開発の効率化、機能強化、価格競争力の向上などのメリットが生まれ、結果としてTAM(市場規模)の拡大につながります。
反対に、デメリットとしては、コンパウンドスタートアップの実現自体が困難であると言えます。複数のプロダクトを、中途半端な状態でローンチすることは企業運営にも悪影響を与えます。複数のプロダクトをただローンチするのではなく、製品としてのレベルが高い状態でローンチする必要があるため、上記のようにマルチプロダクトを運営できる企業組織の体制など、実現性自体が難しいと言えます。
同時に複数プロダクトの開発・運用は非常に難しく、リソース配分や組織体制の構築など多くの課題もあります。経営者の高度なマネジメントスキルが求められ、コンパウンド化の是非は一概に言えず、事業戦略次第だと言えるでしょう。上場企業の役員経験者やExitを経験した起業家がコンパウンド戦略を実践するケースも多くみまれます。
コンパウンドスタートアップの戦い方とは
メリットとデメリットを比較した上で、コンパウンドスタートアップはSaaS市場でどう戦っていくのでしょうか?
動画内で、Parker Conrad氏は
『I said “Compound” startup, not “Crappy” startup
Building multiple things badly doesn’t work – but compound startups have some inherent advantages
- integration → better products overall
- Re-use component functionality to build better and faster』
と、述べています。
重要なのは、ただ複数のプロダクトを同時にローンチすることがコンパウンドスタートアップとしての成功への鍵ではなく、企業が保有しているデータを、ニーズや活用方法を正確に分析しながら、事業の多角化を図ることで新しい市場への参入、またそこでの成功の確率をあげることが鍵であると考えることができます。
顧客ニーズの変化
SaaS(Software as a Service)スタートアップの成長戦略も、市場の変化に合わせて変化しています。
以前は、多くのスタートアップが特定の分野にフォーカスして、単一プロダクトでその分野で最高品質のソフトウェアを提供することに注力していました。しかし、最近では市場のトレンドが変わり、企業や顧客はあらゆる業務やニーズを同一プラットフォーム内で統合的に解決できるソリューションを求めています。
これに応じて、多くのSaaSスタートアップは、従来の「best-of-breed」アプローチから、「end-to-end platforms」への移行を検討しています。
つまり、同一プラットフォーム内で顧客の様々なニーズを満たすことを目指しています。この変化により、顧客は複数のソフトウェアやSaaSプロダクトを統合する手間を省いて、ビジネスプロセスの効率化を行うことができるようになります。
また、SaaSスタートアップにとっても、包括的なプラットフォームによるソリューション提供が求められることから、製品開発やマーケティング戦略が変化しています。市場動向を把握し、多くのニーズをカバーするための柔軟性を持つプラットフォームを提供するコンパウンド戦略をとることが、成長戦略の一環として重要になっています。
(出典:Battery Ventures State of the OpenCloud November 2023)
単一プロダクトのTAM縮小の要因
- ニッチ化・バーティカル化の進展
スタートアップは特定の業界や課題に特化したバーティカルSaaSを提供することで、大手ベンダーの汎用製品に対する代替手段となっている。 - アンバンドリング
従来の大手ベンダーが1つのパッケージで提供していた機能が、スタートアップによってアンバンドル(分解)されて個別のプロダクトとして提供されるようになった。 - イノベーションの加速
スタートアップのイノベーション力の高さから、新しい課題を解決するプロダクトが次々と生み出されている。既存の大手プロダクトのTAMが分断される。 - 顧客ニーズの多様化
クラウドの普及などで顧客ニーズが細分化し、従来の単一製品では対応しきれなくなってきた。スタートアップはそのニーズにあわせた製品を投入できる。
コンパウンド戦略でTAMを拡張する
スタートアップの台頭により、従来の大手ベンダーが提供していた単一製品のTAM(市場規模)が細分化・縮小している側面があります。
コンパウンドスタートアップは、TAM(獲得可能な市場規模)を拡大するための有効な戦略と考えられています。コンパウンドスタートアップは、単一のプロダクトではなく、複数のプロダクトを同時に提供することで事業を展開します。
- 各プロダクトが異なる顧客層や業界を対象とすることで、TAMが拡大します。
- プロダクト間の相乗効果により、単体よりも高い価値を生み出せます。データの相互活用などで機能が強化され、TAMが広がります。
スタートアップ自身がコンパウンド化を進めることで、新たなTAMを切り拓いている側面もあります。単一プロダクトのTAMが小さくなる分、複数のプロダクトを組み合わせることで獲得可能な市場が拡大しているとも言えます。
LLMを活用したコンパウンド化が進んでいる
LLMは基盤技術にすぎず、それ自体が大きなビジネスになるわけではありません。LLMの真の価値を引き出すには、それをどのようなサービスやプロダクトに組み込んでいくかが重要になります。LLMを活用したサービスを成功させるには、適切なビジネスモデルの構築も欠かせません。
- 既存サービスの付加価値を高めるために、LLMを組み込むモデル
- LLMを活用して新しいビジネスモデルそのものを生み出す
いずれのモデルを選ぶにしても、LLMの特性を最大限に活かしつつ、顧客にとって魅力的な価値提案を行うことが重要です。
まとめ
いかがでしたでしょうか?今回は、SaaSスタートアップの新しい競争戦略である「コンパウンドスタートアップ」について、定義や特徴、メリットデメリットについて紹介しました。
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