カナダのスタートアップ・エコシステムにおける機会、課題、そして道筋
はじめに:貿易からイノベーションへ
世界経済は今、競争力の源泉として、ますますイノベーションを重視する時代を迎えています。従来の日加関係を支えてきた伝統産業に加え、人工知能(AI)、クリーンテクノロジー、ライフサイエンスといった新しい分野のスタートアップが登場し、協力の可能性を広げています。
トロント、モントリオール、バンクーバーといったカナダの主要イノベーション拠点は、豊富な研究基盤や政府の支援策、そして北米市場へのアクセスによって成長に適した環境を整えています。さらにカナダ連邦政府は、「汎カナダAI戦略」の一環として2億7500万カナダドル(約4,000億円)を投じ、商業化の加速を後押ししています。日本企業にとって、こうした動きは単なる貿易や投資にとどまらない新たなチャンスを示しています。
本記事では、前回の記事「太平洋を越える貿易:日本企業にとってのカナダ市場の可能性」(9/21公開)を引き継ぎ、今回はスタートアップ・エコシステムに焦点を当て、その潜在力がいかに日加協力の次なる柱となり得るかを探ります。
カナダのスタートアップ・エコシステムの全体像
カナダのイノベーション環境は、AI、クリーンテクノロジー、ライフサイエンスといった分野のスタートアップが集まるテクノロジーハブによって特徴づけられています。これらの都市は人材や研究機関を集積すると同時に、ベンチャーキャピタルや国際パートナーを引きつけ、グローバルな協業の拠点となっています。
トロントはAI人材と応用力で存在感を示し、モントリオールは先端研究とバイオテク産業を結びつけ、バンクーバーはクリーンエネルギーとデジタル産業の結節点として機能しています。日本企業にとって、このような多様性はAIを活用した製造業から持続可能技術まで、幅広いイノベーション分野への参入機会を提供してくれると考えられます。
加えて、カナダには前回の記事でも述べたように地理的・政策的な優位性もあります。主要都市の大半が米国国境から90分圏内にあり、1日あたり約36億米ドル(約5,200億円)規模の越境貿易を支えています。また、研究開発税制の優遇措置「SR&EDプログラム」、グローバル・スキル戦略、スタートアップ・ビザ制度などが革新を促進しており、G20で「ビジネスのしやすさ」第2位にランクインし、さらに「Global Cleantech 100」に9社が選ばれるなど、国際展開の拠点としての評価を高めています。
日本企業にとっての機会と課題
機会
カナダのスタートアップ・エコシステムは、日本企業にとって共同研究開発、戦略的投資、アクセラレーターとの連携といった多彩な機会を提供しています。製造業や資本調達に強みを持つ日本は、AI、クリーンテクノロジー、バイオテク分野での協力に特に適しています。
その好例が、2024年7月に発表されたカナダのAIスタートアップ Cohere と富士通の提携です。両社はエンタープライズ用途に特化した日本語の大規模言語モデル(LLM)を共同開発し、厳格なセキュリティ・プライバシー基準を満たすプライベートクラウド上で運用。金融や行政分野への活用を目指しています。富士通はCohereへの出資も行い、同社はNVIDIA、Salesforce、Ciscoから総額4億5,000万ドル(約675億円)を調達、企業評価額は50億ドル(約7,500億円)に達しました。この事例は、カナダのイノベーションと日本の市場知見を組み合わせることで、世界水準のソリューションを生み出せることを示しています。
さらに2025年大阪・関西万博では、JETROとトロント拠点のアクセラレーターDMZが不動産、建設、モビリティ分野での連携可能性を紹介しました。カナダの急速な都市化は、モジュール住宅、持続可能な建築技術、EVインフラ、AI駆動型交通システムの需要を押し上げており、日本のスタートアップが活躍できる余地は大きいといえます。
課題
しかし一方で、課題も残されています。カナダの研究誌 Research Money による2024年の記事では、カナダのイノベーション政策がテック企業の成長支援に十分機能していない点が指摘されています。スタートアップを育てる環境は整っているものの、世界的に競争力を持つ企業へと成長する例は少ないのです。研究によれば、税制優遇策(SR&EDプログラム)への依存度が高く、直接的な補助金や政府調達の支援は限られています。加えて、国内市場の小ささや長期資本の不足も、国際規模での成長を妨げています。日本企業にとっては、豊富なチャンスがある一方で、参入にあたっては規制や資金面のギャップを埋めるための支援や橋渡しプログラムが不可欠です。
まとめ:日加間で新たな協力の柱を築く
日加関係が新たな段階を迎える中で、スタートアップとイノベーションは次の成長領域として注目されています。AI分野での提携から持続可能なモビリティ・ソリューションに至るまで、機会は明白です。しかし同時に、スケールアップや規制対応、異文化ビジネスといった課題も存在します。しかし、適切な支援があれば、こうした障壁はむしろ成長への足がかりに変えられるでしょう。
私たちEXPACTは、市場参入から資金調達、パートナーシップ構築まで、スタートアップや企業がこうした課題を乗り越え、新たなエコシステムで成功できるよう支援しています。こうした、スタートアップ分野での協力は、持続可能で未来志向の日加関係を支える「次なる柱」となります。
EXPACTについて
本記事は、EXPACTグローバル部門が国内外の投資家・海外スタートアップ企業に向けて発信した英語版記事をもとに、日本語に翻訳・再構成したものです。海外視点でまとめられた情報や分析を、日本国内の読者にも共有し、国際的なビジネス機会や市場動向の理解に役立てることを目的としています。
EXPACTは、国内外のスタートアップに対して多様な運営支援を提供しています。
特に、グローバル部門では日本市場への進出を目指す海外企業に向けて、市場参入戦略に関するアドバイザリーサービスを展開しています。
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- ビザおよび制度に関するアドバイス:外国人起業家向けに適切なビザや政府プログラム(例:スタートアップビザ)に関するガイダンスを提供
- 市場調査支援:製品やサービスの潜在的な市場規模や需要を評価
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注記:本稿に記載されている投資統計および貿易協定に関する情報は、公開時点で入手可能な範囲で合理的に精査した内容に基づいています。なお、地政学的状況の変化により、今後修正される可能性があります。
執筆:Pramod Sharma、Hana Miyagi
参考資料:
https://ised-isde.canada.ca/site/global-innovation-clusters/en
https://torontoglobal.ca/business-insights/toronto-as-a-leader-in-specialized-ai-talent/
https://investvancouver.ca/Documents/high-tech-engine-boosting-economic-landscape.pdf
https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/07/a785175ed601e073.html
https://www.jetro.go.jp/biznews/2025/08/aaa02610e9ed386f.html