
スタートアップの世界では、成功への道は必ずしも直線ではありません。むしろ、創業者たちは何度も曲がり角に立たされ、方向転換を迫られることが珍しくありません。こうした「方向転換」のことを、英語では pivot(ピボット) と呼びます。バスケットボールでも使われています。ビジネスの成長戦略や製品開発において、pivot は単なる変更ではなく、学びと洞察に基づいた戦略的な再設計を意味します。本稿では、pivot の意味、起こる背景、具体例、そしてスタートアップがそれをどう活用すべきかについて解説します。
1. Pivot とは何か
Pivot とは、当初の事業や製品の方針が期待通りに進まないとき、根本的な方向転換を行うことを指します。スタートアップにおいては、事業仮説や顧客ニーズの理解が誤っている場合に、方向を修正することが求められます。単なる小さな改善や修正ではなく、戦略や事業モデルの中核部分に手を入れる大胆な決断です。
この概念は、Eric Ries の『Lean Startup』で広く知られるようになりました。Ries は、スタートアップは「構築→計測→学習」のループを回すべきだと述べています。その中で、計測の結果、仮説が間違っていることが判明した場合に行うのが pivot です。
このようなPivotは、ただの「思いつき」ではなく、リーンスタートアップの手法に基づく計画的な戦略です。リーンスタートアップでは、最小限の製品(MVP)で市場の反応を確認し、学習した結果、戦略を柔軟に変えることが推奨されています。
リーンスタートアップとピボットの関係を解説。Eric Ries – Startup Lessons Learned.
https://www.startuplessonslearned.com/
2. Pivot が起きる背景
スタートアップで pivot が発生する背景にはいくつかの典型的なパターンがあります。
顧客ニーズの誤認
開発者や創業者が、自分たちのアイデアや技術が市場にとって重要だと考えても、実際には顧客が求めていない場合があります。
例:あるフィットネスアプリが、トレーニング履歴管理を中心に開発されていたが、ユーザーが欲しかったのはコミュニティ機能だった。
市場の変化
技術革新や競合の登場により、当初のビジネスモデルが通用しなくなることがあります。
例:モバイル決済アプリは、スマートフォン普及以前の戦略では成功が難しく、スマホ向けにpivotした事例が多数あります。
技術的制約やコストの問題
開発コストや実現可能性が、想定以上に高くつく場合、方向転換が求められることがあります。
3. Pivot の典型例
最も有名な pivot の例は、Groupon の誕生です。
Groupon の創業者アンドルー・メイソンは、シカゴ大学の大学院で公共政策を学んでいた時期に、The Point というオンライン政治フォーラムを立ち上げました。このプラットフォームは、ユーザーが共通の目標を持ってアクションを起こすためのものでしたが、参加者は思ったほど集まらず、活動は低迷しました。
そこで、メイソンは試しに「ピザの共同購入割引」の広告を掲載してみたところ、驚くほどの反応がありました。これを機に彼は、共同購入割引プラットフォームに pivot することを決意。こうして Groupon が誕生し、短期間で急成長することになったのです。
この事例は、pivot が必ずしも失敗ではなく、新たなビジネスチャンスの発見につながる可能性があることを示しています。
Grouponのピボット事例- TechCrunch: How Groupon Was Born
https://techcrunch.com/2011/11/23/how-groupon-was-born/ - CB Insights: Startups That Pivoted to Success
https://www.cbinsights.com/research/startup-pivot-failure-success/
失敗をきっかけにPivotし、成功した事例を多数紹介しています。
4. Pivot の種類
Pivot にはいくつかの種類があり、スタートアップは状況に応じて適切な形式を選択する必要があります。
顧客セグメントの pivot
・ターゲット顧客を変更する
例:ビジネス向け SaaS から個人向け SaaS への転換
製品の pivot
・コア製品や機能を変更する
例:SNS から e コマースに pivot する
ビジネスモデルの pivot
・収益化方法を変更する
例:サブスクリプションモデルに切り替える
技術の pivot
・開発手法や技術スタックを変更する
例:オフライン処理からクラウド処理に切り替える
5. Pivot の重要性
Pivot は、単なる失敗の修正ではありません。むしろ、次の点でスタートアップにとって不可欠な戦略的行動です。
- リスクの最小化
早期に pivot することで、無駄な資源投入を避けられる。 - 学習と改善
顧客データや市場情報をもとに仮説を再構築することで、成功確率を高められる。 - 成長機会の発見
当初のアイデアから派生した新しい市場や製品の可能性を開拓できる。
6. Pivot を成功させるための条件
Pivot を単なる方向転換で終わらせないためには、次の条件が重要です。
- データに基づく意思決定
感覚や思い込みではなく、顧客行動データや市場調査に基づく。 - 柔軟性と迅速な対応
チームが柔軟に対応できる組織であること。 - コアバリューの保持
方向転換しても、自社の強みや独自価値を失わないこと。
7. Pivot の活用事例
Groupon 以外にも、著名な pivot 事例は多くあります。
最初は位置情報チェックインアプリ「Burbn」としてスタートしましたが、写真共有機能が人気だったことから、写真共有アプリに pivot しました。
PayPal
当初は PalmPilot 間の送金アプリとして開始しましたが、Web ベースの送金サービスに pivot することで、ユーザー数を急速に拡大しました。
Slack
元々はオンラインゲーム開発会社でしたが、社内コミュニケーションツールの需要に気づき、チャットプラットフォームに pivot しました。
これらの事例に共通しているのは、ユーザーの行動や反応を鋭く観察し、柔軟に戦略を変えたことです。
8. Pivot を実行するための3つのポイント
- ユーザーからのフィードバックを最優先する
プロトタイプやテストマーケティングを通じて、顧客の反応を定量的・定性的に分析する。 - 小さく、迅速に試す(Small Bets)
大規模な投資をする前に、小さな実験を通じて検証する。 - 軸はぶらさない
コアバリューやミッションを失わずに方向を変えること。軸がぶれるとブランドやユーザー信頼を失うリスクがある。
9. まとめ
スタートアップの成長過程では、pivot は避けて通れない現象です。失敗を恐れず、データに基づき迅速に意思決定を行い、新しい機会をつかむ柔軟性を持った戦略を組んでいくためのpivot。Groupon や Instagram の例に見られるように、pivot は単なる挫折の結果ではなく、新しい価値を創造するチャンスです。
創業者やスタートアップのチームは、常に市場とユーザーの声に耳を傾け、必要に応じて果敢に方向転換する覚悟を持つことが、成功への鍵となります。あなたのアイデアも、pivot によって予想もしなかった形で花開くかもしれません。
参考資料
・スタートアップのピボット事例まとめ
https://medium.com/startup-insight/pivot-case-studies-xxxxxx
・オンラインリソース(解説・参考)
Harvard Business Review. “Why the Lean Start-Up Changes Everything.”
https://hbr.org/2013/05/why-the-lean-start-up-changes-everything
・2019年 M&A大予測~武田、日立に続くのは:日経ビジネス電子版
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