
スタートアップやサブスクリプション型ビジネスにおいて、売上成長を測る指標は様々あります。その中でも「NRR(Net Revenue Retention)」は、既存顧客からの売上をどれだけ維持・拡大できているかを示す重要な指標です。単純な売上額や新規顧客獲得数では見えない、既存顧客との関係性や収益の健全性を定量的に把握することができます。特に、SaaSや定額課金モデルの企業にとって、NRRは事業の持続可能性や成長性を判断する上で欠かせない指標です。
NRRは単に「売上を維持しているか」を見るだけでなく、顧客のアップセルやクロスセルによる追加収益、または契約縮小・解約による減少も含めた、ネットベースでの売上変化を評価します。これにより、単純な顧客数の増減に左右されず、より本質的な事業の健康度を測ることができます。
NRRの定義と計算方法
NRRは日本語では「売上継続率」や「ネットレベニューリテンションレート」とも呼ばれ、基本的な計算式は以下の通りです。
計算式NRR = (既存顧客からの継続売上 + アップセル売上 – ダウンセル・解約売上) ÷ 前期既存顧客売上 × 100 |
ここで重要なのは、NRRは既存顧客の売上のみを対象としている点です。新規顧客からの売上は含まれないため、事業全体の売上成長とは別に、既存顧客の価値を測る指標として明確な意味を持ちます。
例えば、前期の既存顧客売上が1000万円で、今期の継続売上が900万円、アップセルが150万円、ダウンセル・解約が50万円だった場合、NRRは以下のように計算されます。
:NRR = (900 + 150 – 50) ÷ 1000 × 100 = 100% |
この例では、NRRが100%となり、既存顧客の売上を前年と同程度維持できていることを示しています。NRRの目安は、以下の通りとなります。
NRRの目安
- 100%未満:既存顧客売上が減少している状態
- 100%前後:売上が維持されている状態
- 100%以上:アップセル・クロスセルで売上が拡大している状態
NRRの計算イメージ
この図から、NRRは単に顧客が残っているかだけでなく、既存顧客がどの程度追加購入しているか、またはどの程度減少しているかを反映していることがわかります。NRRが100%を超えれば、既存顧客だけで売上が拡大していることを意味します。
NRRが重要な理由
既存顧客からの収益を維持・拡大することは、新規顧客獲得よりもコスト効率が高い場合が多く、スタートアップにとって戦略的に重要です。NRRを高く維持できる企業は、次のようなメリットがあります。
- 事業の安定性
既存顧客からの売上が安定していることで、キャッシュフローの予測が立てやすくなります。特にサブスクリプションモデルでは、月次・年次の収益を見通せることが投資家へのアピールポイントになります。 - 成長の持続性
NRRが100%を超える場合、既存顧客からのアップセルやクロスセルが成功していることを示します。新規顧客獲得に頼らずとも、既存顧客を中心に売上を拡大できる構造は、持続可能な成長の基盤となります。 - 顧客満足度の指標
NRRの向上は、既存顧客がサービスに価値を感じていることの表れでもあります。顧客が満足して長く利用し続けることで、ブランド信頼性の向上にもつながります。
NRRを改善するための戦略
NRRを高めるためには、単に既存顧客を維持するだけでなく、アップセルやクロスセル施策、解約防止策を組み合わせることが重要です。具体的な施策は以下の通りです。
- アップセル・クロスセルの実施
既存顧客のニーズや利用状況を分析し、より高機能なプランや関連サービスを提案することで、顧客単価を向上させます。 - 解約率(Churn)の低減
サポート体制の強化やサービス改善により、顧客が解約せず継続利用する確率を高めます。定期的な満足度調査やフィードバックの収集が有効です。 - 顧客成功(Customer Success)施策
顧客が自社製品を最大限活用できるように導入支援や教育コンテンツを提供することで、利用価値を高め、NRR向上につなげます。
国内スタートアップでのNRR活用事例
近年の国内スタートアップでは、NRRを経営指標として積極的に取り入れる企業が増えています。例えば、サブスクリプション型のクラウドサービス企業では、以下のような取り組みが見られます。
- SmartHR:労務管理クラウドサービスで、既存顧客の継続率向上を目的に、アップセル可能な機能を段階的に提供。結果、NRRは常に100%超を維持。
- freee:会計・人事クラウドを提供する企業では、既存顧客の利用促進とプラン拡張を同時に行い、NRR向上に成功。
- ラクス(楽楽精算):経費精算クラウドにおいて、顧客への追加サポートと新機能提供によりNRRを改善し、収益の安定化を実現。
これらの企業は、NRRを経営指標として日々の意思決定に活用しており、既存顧客からの収益の最大化を重視しています。
NRRと他の指標との違い
NRRは新規顧客の売上を含めないため、ARR(Annual Recurring Revenue)やMRR(Monthly Recurring Revenue)などの総売上指標とは異なる視点を提供します。新規顧客の増加だけでは事業の安定性を判断できない場合、NRRは既存顧客基盤の価値を正確に測る指標として有効です。それぞれの役割の違いを、下記に示しました。
指標 | 対象 | 単位 | 目的 | ポイント |
---|---|---|---|---|
MRR | 全顧客(月次) | 月額 | 月単位での収益管理 | 短期的な売上の変化把握に便利 |
ARR | 全顧客(年間換算) | 年額 | 年間の安定収益評価 | 投資家向けや中長期計画向き |
NRR | 既存顧客 | % | 既存顧客売上維持・拡大の評価 | 解約やアップセルを含めた純粋な顧客維持力を測れる |
また、NRRは解約率(Churn Rate)や顧客継続率(Retention Rate)とも密接に関わっています。NRRを改善するためには、Churn Rateの低減とRetention Rateの向上が不可欠であり、これらの指標を総合的に分析することで、戦略的な顧客対応が可能になります。
まとめ
NRRは、既存顧客からの売上維持・拡大を定量的に測るための重要指標です。単純な売上や顧客数では把握できない、顧客との関係性や収益の健全性を示すことができます。特にサブスクリプション型や定額課金モデルのスタートアップにおいては、NRRを高く維持することが、事業の安定性や持続的成長につながります。
NRRの測定と改善を通じて、顧客価値を最大化し、リスクを低減させる戦略的な経営判断が可能です。既存顧客に焦点を当てた経営は、短期的な売上だけでなく、長期的な事業の成功にも直結します。
参考資料
・SaaSの主要KPIである「NRR」とは|計算式や改善方法を紹介 – Scale Cloud
・NRR(売上維持率)とは?既存顧客維持を実現しSaaSビジネスを成功させるポイントを解説 – テックタッチ
・NRRとは?SaaS/サブスクリプションビジネスを理解する上で欠かせない用語を徹底解説 – ベンチャー/スタートアップ転職のキープレイヤーズ
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