
スタートアップの資金調達手段として注目される「コンバーチブルノート(Convertible Note)」と「SAFE(Simple Agreement for Future Equity)」。両者は共に「株式に転換される可能性を持つ投資契約」という点で共通していますが、仕組みやリスク、スタートアップ・投資家双方に与える影響は大きく異なります。今回は、この2つを比較しながら、それぞれの特徴やメリット・デメリットを解説します。
1. コンバーチブルノートとは?
コンバーチブルノートは、「将来株式に転換可能な社債」 です。投資家はスタートアップに資金を貸し付け、将来の資金調達ラウンド(シリーズAなど)が行われたタイミングで株式に変換されます。
特徴
- 借入契約としてスタート
投資時点では「貸付金」として扱われ、利息や返済期限が定められる場合があります。 - 株式転換の条件
次回の資金調達で設定される株価に基づいて株式化されます。 - 割引率とバリュエーションキャップ
投資家のリスクを補うため、将来の株価から一定割引で株式化できたり、評価額の上限を設けて有利に転換できる仕組みがあります。
メリット(スタートアップ側)
- 企業価値(バリュエーション)を早期に決めなくてもよい
- 契約がシンプルで迅速に資金調達が可能
- 投資家にとっても魅力的な条件を提示できる
メリット(投資家側)
- 企業成長に応じて株式化されることでリターンが期待できる
- 割引やキャップ条件により有利に株を取得できる
デメリット
- 借入のため、満期までに新しい資金調達ができなければ返済リスクが発生する
- 株式転換時に創業者の持分比率が大きく希薄化する可能性がある
2. SAFEとは?
SAFE(Simple Agreement for Future Equity)は、2013年に米国の有名アクセラレーター「Y Combinator」が開発した投資契約です。「将来の株式引受を約束するシンプルな契約」であり、コンバーチブルノートの簡略化版として誕生しました。
特徴
- 借入ではない
法的には債務ではなく、返済義務がありません。 - 株式転換の仕組みはコンバーチブルノートに類似
割引率やバリュエーションキャップを設定でき、将来の資金調達ラウンドで株式に転換されます。 - シンプルな契約
ノートより短く、交渉コストや法務コストを大幅に削減できます。
メリット(スタートアップ側)
- 債務ではないため、返済リスクがない
- 契約がシンプルでスピーディに締結できる
- Y Combinatorをはじめ世界中で普及しているため投資家に馴染みがある
メリット(投資家側)
- コンバーチブルノート同様、将来株式を割安で取得できる
- 条件がシンプルなため、複雑な交渉が不要
デメリット
- 投資家側から見ると「返済義務がない」ため、リスクが高まる
- 企業価値が大幅に下落した場合など、投資家が不利になるケースもある
両者を分かりやすく比較すると以下の通りです。
項目 | コンバーチブルノート | SAFE |
契約形態 | 借入(社債) | 将来の株式予約契約 |
返済義務 | あり(満期時) | なし |
利息 | つく場合がある | なし |
株式転換 | 次回の資金調達時 | 次回の資金調達時 |
割引率・キャップ | 設定可能 | 設定可能 |
契約の複雑さ | 中程度(債務扱いのため条項が多い) | シンプル(ページ数が少なく短期決済可能) |
投資家の安全性 | 高い(債務のため返済リスクを抑えられる) | 低い(返済義務なし、株式転換頼み) |
3. どちらを選ぶべきか?
スタートアップ側の視点
- 早期に資金を確保しつつ負債リスクを避けたい → SAFEが有利
- 投資家が保守的で返済リスクを担保したい → コンバーチブルノートが有利
- 日本ではSAFEがまだ一般化していないため、法務面でノートが選ばれることも多い
投資家側の視点
- リスクを抑えつつ出資したい → コンバーチブルノート
- よりシンプルに投資を進めたい → SAFE
- 投資家によっては「SAFEではリスクが高い」と敬遠されることもある
4. 実務上の留意点
- バリュエーションキャップの設定
低すぎれば投資家有利、高すぎればスタートアップ有利になり、交渉の肝となります。 - 割引率の設計
一般的に10〜30%程度が目安。投資家のリスク許容度と企業の成長性を踏まえて決めます。 - 法務・会計上の扱い
日本ではSAFEの法的整備が十分でなく、実務ではノート型が選ばれる傾向があります。会計上の処理も確認が必要です。
5. 日本国内におけるコンバーチブルノートの事例
日本でもシード・アーリーステージのスタートアップで、コンバーチブルノートは少しずつ利用されるようになってきています。特に、VCやエンジェル投資家が関与する場面で「バリュエーションを先送りしたい」ニーズがあるときに活用されています。
代表的な利用シーン
- シード資金調達
株式発行よりもスピーディに調達可能で、プロダクト開発の初期段階に向いています。 - ブリッジファイナンス
シリーズAやシリーズBのラウンド直前に、つなぎ資金として調達。正式な株式発行までの短期資金繰りに役立ちます。 - エンジェル投資家による出資
個人投資家がシンプルな契約で投資できるため、活用事例が増えています。
実例
- 国内アクセラレーターの採用事例
一部のスタートアップ支援プログラムでは、投資契約を株式発行ではなくコンバーチブルノートで行うケースがあり、契約コスト削減やスピード感を重視する形が浸透しつつあります。 - フィンテックやバイオ系スタートアップ
研究開発型の企業が、初期段階の不確実性が高い時期にバリュエーションを決めずに資金を集める手段として選んだ事例もあります。
ただし、日本国内では米国のように一般化しているわけではなく、まだ「一部の投資家・一部のスタートアップ」が利用している段階にとどまっています。
6. 日本国内における法務上の課題
コンバーチブルノートやSAFEの導入には、日本特有の法制度や会計処理の壁があります。
主な課題
会社法上の取り扱い- 日本の会社法には、SAFEに相当する契約形態が明確に規定されていません。
- コンバーチブルノートについても「社債」と「新株予約権」の複合スキームとして整理されるため、米国のシンプルな契約より複雑になりがちです。
税務処理の不透明さ
- 投資家が得る権利が「債権」と「株式」のどちらに近いかで税務処理が異なります。
- 税務署の解釈が揺れる余地があり、スタートアップ・投資家双方にとってリスクとなります。
会計基準の問題
- 日本基準では、ノートの位置づけが債務なのか資本なのか明確に整理されていません。
- 資産負債計算書における「負債計上」が信用力に影響する懸念もあります。
普及度の低さ
- 弁護士や会計士でも経験が少なく、標準契約が整備されていないため、契約条件の個別交渉コストがかさむ傾向にあります。
7. 今後の展望とまとめ
日本においてコンバーチブルノートはまだ発展途上ですが、
- スピーディな資金調達ニーズの高まり
- スタートアップ投資の拡大
- 法務・会計実務の整備
によって普及が進む可能性があります。特に、政府がスタートアップ支援を政策的に強化している流れの中で、シード資金調達の多様化は不可避です。
ただし、SAFEのような「借入ではないシンプルな契約」は、日本の法制度下ではまだ定着が難しい状況です。スタートアップと投資家の双方がリスクを理解し、適切に契約条件を設計することが、国内での実務定着のカギとなるでしょう。
8. まとめ
コンバーチブルノートとSAFEは、ともに「バリュエーションを先送りできる資金調達手段」ですが、根本的な違いは「借入か否か」です。
- コンバーチブルノートは「借入スタート → 将来株式化」。投資家保護が厚いが、返済義務がある。
- SAFEは「返済義務なし → 将来株式化」。スタートアップに有利でスピーディだが、投資家リスクは大きい。
スタートアップにとっては「スピードと柔軟性」、投資家にとっては「リスクとリターンのバランス」が焦点となります。資金調達のフェーズや投資家の属性に応じて、どちらを選ぶかが変わるのです。
最終的には、両者の特徴を理解し、自社に最適な条件を設計できるかどうかを見極め、選択することが重要です。
参考資料
・コンバーチブルノート(convertible notes)ってなに?SAFE?KISSって? – Scrum Ventures | Scrum Studio
・コンバーティブル・エクイティによる資金調達の仕組み・メリットとデメリットも解説 | TSL MAGAZINE
・Seed期の資金調達で使われるSafeとkiss/J-Kissは何が違うのか|Fumiaki NAGASE|ベンチャー投資 D4V
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