新たなガバナンスの両輪: スチュワード・オーナーシップとスチュワードシップ・コードが持つ持続可能な経営への重要性
企業経営の新たな視点 スチュワード・オーナーシップとスチュワードシップ・コード
近年、企業に求められる役割は大きく変化しています。単なる利益追求だけでなく、社会や環境への責任を果たすことが不可欠となってきました。この変化に対応するための新たなガバナンスの概念が、「スチュワード・オーナーシップ」と「スチュワードシップ・コード」です。
スチュワード・オーナーシップとは
「スチュワード(steward)」の語源は、古英語の「stiward」で「家の守護者」や「家政婦」を意味していました。
14世紀後半には「雇用主に代わって不動産の事務を管理する人」、15世紀半ばには「食糧と食事を担当する船の士官」を指すようになりました。
つまり、「スチュワード」は本来、他人の資産や事業を預かり、適切に世話や管理を行う立場の人を指していました。「オーナーシップ(ownership)」は所有権や支配権を意味する言葉です。したがって、「スチュワード・オーナーシップ」とは、企業の経営や意思決定に関与する立場にある人々が、単なる所有者ではなく、企業の持続的な発展を促進する「世話役」としての責任を負うことを意味しています。
スチュワード・オーナーシップとは、企業に関わる人々が株式を所有し、企業のパーパス(存在目的)に資する経営を行うためのガバナンスの仕組みです。従来の株主利益最大化とは異なり、利益だけでなく社会や環境への責任も重視します。これにより、企業は時代の要請に合ったアプローチを実現できます。
また、スチュワード・オーナーシップを実践するための主な手続きは以下のようなものが挙げられます。
スチュワード・オーナーシップの意義
近年、企業には利益追求だけでなく、社会や環境への配慮が求められる時代となっています。スチュワード・オーナーシップは、このような時代にぴったりのアプローチです。
株主だけでなく、従業員やパートナーなど企業に関わるすべての人々が、企業の持続可能性を考え、経営に参加することが重要視されます。
スチュワード・オーナーシップを適切に実践するためには、株主だけでなく、従業員やパートナーなど企業に関わるすべての人々にインセンティブを与えられることが重要です。
具体的には、長期的な企業価値向上につながるエンゲージメント活動や議決権行使などの活動が、従業員やステークホルダーの評価や報酬に適切に反映されるインセンティブ設計が求められます。
スチュワード・オーナーシップとは、企業の意思決定権を株主だけでなく、従業員やパートナーなど事業に関わる人々に広く分散させる所有形態です。
主な特徴
- 企業の支配権(議決権)は、内部関係者やMissionやPurposeに深く関わる人々が保持する。
- 利益は株主への還元だけでなく、事業の目的実現のために再投資される。
- 売却による収益が個人の手に渡らないよう、アセットロックが設けられている。
- 意思決定は遠隔の投資家ではなく、事業に密接に関わる人々が行う。
つまり、スチュワード・オーナーシップでは、単なる株主利益最大化ではなく、企業の持続可能性と社会的責任を重視する経営が行われます。 近年、このアプローチを取り入れる企業が世界的に増えています。企業に関わるすべての人々がインセンティブを持ち、長期的な企業価値向上に向けて行動することが期待されています。
企業側の手続き
- 株式の所有構造の見直し
従業員や関係者に株式を分散させるための具体的な方針や計画を策定する。 - 定款の変更
スチュワード・オーナーシップの理念を定款に明記し、株主以外の利害関係者の権利を保護する。 - ガバナンス体制の構築
利害関係者が経営に参画できる仕組み(委員会等)を整備する。 - 報酬制度の見直し
従業員の長期的インセンティブとなる報酬制度(株式報酬等)を導入する。
投資家側の手続き
- スチュワードシップ方針の策定
スチュワードシップに対する考え方、ガバナンス体制、エンゲージメントの方針等を明確化する。 - 専門部署の設置
スチュワードシップ活動を専門に行う部署を設け、適切な人員を配置する。 - 議決権行使ガイドラインの策定
投資先企業の経営陣との対話を踏まえた上で、議決権行使の方針を定める。 - エンゲージメントの実施
投資先企業の経営陣と建設的な対話(エンゲージメント)を継続的に行う。 - スチュワードシップ活動の評価と報告
スチュワードシップ活動の実効性を自己評価し、顧客等に対して報告を行う。
スチュワード・オーナーシップとスチュワードシップコードを実践するには、企業と投資家の両側から制度的な体制整備と、実際の活動を通じた実践が不可欠となります。
スチュワードシップ・コードとは
一方、「スチュワードシップ(stewardship)」は、「管理責任」や「世話役の役割」を意味する言葉です。スチュワードシップ・コードは、2010年に英国で初めて策定されました。リーマン・ショックを受けて、機関投資家の責任が問われたことがきっかけとなりました。
日本版のスチュワードシップ・コードは、2014年に英国版を参考に策定されました。機関投資家が投資先企業の持続的成長を促進する責任を定めたものです。機関投資家が投資先企業との建設的な対話を通じて企業価値向上を促し、顧客・受益者の中長期的投資リターンの拡大を図ることを目的としています。法的拘束力はありませんが、コンプライ・オア・エクスプレイン(原則を順守するか、順守しない理由を説明する)が求められます。
7つの原則
- スチュワードシップ責任を果たす明確な方針を策定・公表する。
- 利益相反への対応方針を策定・公表する。
- 投資先企業の状況を的確に把握する。
- 投資先企業と建設的な対話を行う。
- 議決権行使の明確な方針を持ち、適切に行使する。
- スチュワードシップ活動について顧客・受益者に定期報告する。
- スチュワードシップ活動に必要な実力(人材・体制)を備える。
機関投資家は、これらの原則に沿ってスチュワードシップ責任を果たすことで、投資先企業のコーポレートガバナンス向上と持続的成長を促進することが期待されています。
このように、両者とも「スチュワード」という概念が由来となっており、企業経営や資産運用に携わる人々の責任ある行動を促す考え方であることがわかります。
一方、スチュワードシップ・コードは、機関投資家が投資先企業の持続的成長を促進するための原則や行動指針をまとめたものです。投資家は投資先企業との建設的な対話を通じて企業価値向上を図り、中長期的な投資リターンの拡大を目指します。
両者の関連性と違い
対象者の違い
対象が異なり、スチュワード・オーナーシップはスタートアップ企業側、スチュワードシップ・コードは投資家側のものです。スチュワード・オーナーシップは企業側のガバナンス体制に関与し、スチュワードシップ・コードは投資家側の行動指針となります。
目的の違い
スチュワード・オーナーシップは企業のパーパスに資する経営を目指し、スチュワードシップ・コードは投資先企業の持続的成長を促進することを目指します。
株式所有の違い
スチュワード・オーナーシップでは企業の従業員や関係者が株式を所有しますが、スチュワードシップ・コードでは機関投資家が投資先企業の株式を所有します。
ガバナンスへの関与の違い
スチュワード・オーナーシップでは企業の株主以外の利害関係者も経営に関与しますが、スチュワードシップ・コードでは投資家が建設的な対話や議決権行使を行います。
しかし、両者は持続可能な企業経営を実現するための車の両輪として機能します。企業がスチュワード・オーナーシップを実践し、投資家がスチュワードシップ・コードに則り、投資先企業との対話やエンゲージメントを行うことで、持続的な企業価値向上が期待できるのです。
SDGs、インパクト評価、インパクト投資との関連
スチュワード・オーナーシップは、企業の経営に関わる人々が株式を所有し、企業のパーパス(存在目的)に資する経営を行うことを目指します。
スチュワード・オーナーシップは、SDGsの理念と合致しており、企業がSDGsを経営に取り入れることでその実現が促進されます。の考え方は、持続可能な開発目標(SDGs)と合致し、企業がSDGsを経営に取り入れることで、スチュワード・オーナーシップの実現が促進されます。また、スチュワード・オーナーシップを実践する企業は、環境、社会、ガバナンスの側面から高く評価される可能性があり、機関投資家がESG投資やインパクト投資を行う際、そうした企業への投資が優先されるでしょう。
さらに、スチュワード・オーナーシップでは企業のインパクトを意識し評価・管理することが不可欠です。投資家がインパクト評価を活用することで、投資先企業の持続可能性を適切に判断できます。
また、企業と投資家の間でインパクト投資の実施が促進される可能性もあります。スチュワード・オーナーシップの実践において、企業は社会や環境へのポジティブなインパクトを重視し、それを実現するための取り組みを行います。この取り組みは、インパクト投資とも関連しており、投資家が企業の持続可能性やインパクトを適切に評価する際に重要な要素となります。したがって、スチュワード・オーナーシップの実践を通じて、企業と投資家の間でのインパクト投資の実施が促進される可能性があります。
企業と投資家が協力してこれらの取り組みを進めることで、より持続可能な未来を実現する一歩となるでしょう。新たなガバナンスの両輪が、持続可能な経営を実現する重要な役割を果たすことが期待されています。
日本における動向
日本でもスチュワード・オーナーシップの取り組みが注目されつつあります。パタゴニアの事例や英治出版の事例などがあります。
日本でもこのような取り組みが増えていくことが期待されます。
スチュワード・オーナーシップの実践例
スチュワード・オーナーシップの実践例には以下のようなものがあります。
パタゴニア
パタゴニアの創業者イヴォン・シュイナードは2022年、非営利団体を設立し、ファミリーが保有するパタゴニアの株式98%をその団体に移行しました。これにより、パタゴニアの利益は環境保護活動に充てられることになりました。
ボッシュ(Bosch)
ドイツの大手電機メーカーボッシュは、従業員が会社の92%の株式を保有するスチュワード・オーナーシップモデルを採用しています。
オープンAI
人工知能企業のオープンAIは、非営利の親会社であるオープンAI NPCが株式の大半を保有し、利益は人工知能の安全性と倫理的な発展に再投資されています。
IKEA
家具大手IKEAは、創業家とIKEA財団が株式を保有し、利益の大部分は慈善活動に充てられています。
Ecosia
検索エンジンEcosiaは、株式会社の形態ではなく、持続可能な開発のための非営利団体として運営されています。
英治出版(日本)
英治出版は、クライアントの目的に応じて書籍の企画から制作、出版、広告までを一貫して手掛ける出版社です。従業員が株式を保有するスチュワード・オーナーシップを採用しています。
スチュワード・オーナーシップでは、株主や従業員が会社の所有権を持ち、利益を社会的目的に再投資することで、企業の長期的な持続可能性と社会的責任を重視する経営モデルが採用されています。
スチュワードシップ・コードの具体的な事例は以下の通りです。
企業年金によるスチュワードシップ活動
企業年金がスチュワードシップ・コードの責任を果たすための具体的な活動例として、以下のようなものがあります。
- 運用機関に対して、投資先企業との建設的な目的を持った対話(エンゲージメント)を促すこと
- 運用機関の議決権行使結果などのモニタリング
- 運用機関の選定や評価におけるスチュワードシップ活動の考慮
機関投資家によるエンゲージメントの事例
機関投資家が投資先企業に対して行うエンゲージメント(建設的な対話)の具体例としては、以下のようなものがあります。
- 英国石油会社BPに対する生物多様性保護に関するエンゲージメント
- 気候変動対策に関する株主提案(Say-on-Climate決議)への賛成票の投じ方
日本郵政グループの取り組み
日本の生命保険会社かんぽ生命は、スチュワードシップ活動の一環として以下を実施しています。
- 運用機関に対する定期的なモニタリング
- 運用機関との定期的な対話の実施
- 運用機関選定時の評価項目にスチュワードシップ活動を含める
このように、スチュワードシップ・コードの実践は、機関投資家や年金基金が主体となり、投資先企業に対する建設的な対話やモニタリングを通じて行われています。
まとめ
近年、企業には単なる利益追求だけでなく、社会や環境への責任を果たすことが強く求められるようになってきました。この変化に対応する新たなガバナンスの概念が「スチュワード・オーナーシップ」と「スチュワードシップ・コード」です。
このように、スチュワード・オーナーシップとスチュワードシップ・コードは、企業経営における社会的責任の重要性を反映した新しい概念です。企業には利益追求と並行して、環境・社会課題への積極的な取り組みが不可欠となっています。
スチュワード・オーナーシップを採用し、パーパス経営へのシフトを実現することは、現代の企業が直面する多くの課題に対する有効な戦略であると強く信じています。このアプローチは、企業価値の最大化だけでなく、社会全体の利益を考慮に入れることを目的としています。以下に、この戦略の採用がなぜ重要であるか、そしてそれを実現するために企業が取るべきステップをご説明します。
スチュワード・オーナーシップの価値
スチュワード・オーナーシップとは、企業がその資源を利害関係者全体の最良の利益のために管理し、長期的な持続可能性を目指す姿勢です。これは、短期的な利益追求から離れ、より広い視野を持って経営することを意味します。企業がこの哲学を取り入れることで、従業員、顧客、地域社会、そして環境に対しても責任を持つことになります。
パーパス経営へのシフト
パーパス経営とは、利益の追求だけではなく、企業の存在意義や社会的使命を明確にし、それを達成するために全社をあげて取り組むことを意味します。このような経営手法を取り入れることで、企業は社会の変化に対応しやすくなり、イノベーションを促進し、従業員のモチベーションを高めることができます。
実践への道
明確なパーパスの設定: 企業が社会にどのような価値を提供したいのかを明確に定義します。このパーパスは、企業戦略の中心に置かれ、すべての意思決定の指針となります。
利害関係者との対話: 従業員、顧客、地域社会など、企業に影響を与えるすべての利害関係者と積極的に対話し、彼らのニーズと期待を理解します。これにより、パーパスの達成に向けた共感と協力を得ることができます。
持続可能性への取り組み: 環境、社会、ガバナンス(ESG)の観点から持続可能なビジネスモデルを構築します。これは、長期的な企業価値の向上に不可欠です。
透明性の確保: 企業の活動や成果に関して透明性を確保し、利害関係者に対して定期的に報告します。これにより、信頼性と説明責任が高まります。
継続的な学習と改善: パーパス経営は一度きりの取り組みではありません。継続的に外部環境を観察し、内部のプロセスを見直し、必要に応じて適応することが重要です。
スチュワード・オーナーシップを実践し、パーパス経営へとシフトすることは、企業が現代の複雑なビジネス環境で持続的な成長と成功を達成するための鍵です。企業が社会全体の福祉に貢献し、長期的な価値を創造することで、より強く、より信頼されるブランドを築くことができるでしょう。
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