市場は、涙で生まれる。— 感情が動いた瞬間、クリエイティブは力を持つ
「どうして、あの商品を選んだの?」
合理的な理由は後付けだったりする。価格?性能?そんなの、似たようなものは他にもある。
本当の理由はもっと奥にある。
それは、「心が動いたから」。
感情が動いた瞬間、人は“買う”
エモーショナルマーケティングという言葉を聞いたことがあるだろうか。
人は論理ではなく感情で動き、その感情を後から理屈で正当化する。これは脳科学でも証明されている。
・恋人の誕生日に、名前入りのコーラを買ったとき。
・受験生の娘に、「きっと願いがかなう」と書かれたキットカットを渡したとき。
・夜中にふと流れてきた動画に涙して、そのままそのブランドを検索したとき。
これらはすべて、感情に訴えたクリエイティブの勝利だ。
ただの商品ではない。「想い」と「物語」が紐づいたから、人は行動した。
クリエイティブは、奪うのではなく“生む”もの
競合よりも目立つ広告を作る。SEOで上位をとる。そういう戦い方もある。
でも、ほんとうに必要なのは、「まだ存在していない市場」そのものを生み出す力ではないか。
たとえばスターバックス。
コーヒーは、家でもコンビニでも買える。でもスタバは、「第三の場所」という体験を売った。
たとえばナイキ。
「ただのシューズ」ではなく、「挑戦するあなたを後押しする」ストーリーを届けた。
彼らは、市場の奪い合いではなく、「心が動いた人々」で新たな市場を創造した。
感情を動かす技術、それがこれからのビジネスの武器になる
この時代、モノは溢れている。
差をつけるのは、スペックでも値段でもなく、「心を動かしたかどうか」だ。
クリエイティブとは、技術やツールの話ではない。
人間の内側にある感情に寄り添い、震わせ、動かすための力だ。
・ストーリーがあるか?
・感情の起伏を体験させているか?
・“自分ごと”として想像させられるか?
これらを設計できるかどうかが、これからのマーケター・クリエイター・起業家の分水嶺になる。
「心が動く」から、世界が動く
あなたが今、届けたい商品・サービス・メッセージがあるなら。
まず、「その中に感情の種があるか?」を問いかけてほしい。
その種が誰かの心の中で芽吹いたとき、
そこにはまだ誰も気づいていない“新しい市場”が生まれているかもしれない。
感情を動かす人間にこそ、未来を動かす力がある。
クリエイティブとは、そのための“意思ある想像力”なのだ。
感情を設計する ― クリエイティブが市場を生む「実践技法」
前回、「市場は感情で生まれる」と書いた。
でもそれは、ただエモいことを言えばいい、という話ではない。
感情は、技術で設計できる。
本記事では、あなたが“誰かの心を震わせる”ために使える具体的な技術とフレームワークを紹介する。
1. 感情設計の黄金則「ストーリーフレーム」
まず、ストーリーはただの飾りではない。“感情”を起動する構造そのものだ。
人が引き込まれ、共感し、涙する流れには共通のパターンがある。
それが、次の3要素。
✔ 誰が(WHO)
共感できる人物像。理想の顧客、自分に似た誰か。感情移入の起点になる。
✔ 何のために(WHY)
その人が何を望み、何を成し遂げたいのか。欲望や信念が感情を動かす。
✔ 何と闘うか(WHAT)
乗り越えるべき障壁、葛藤、困難。ここに感情の「振れ幅」が生まれる。
例:「高校を中退した少女が、地域に図書館を作る夢を追う。
資金も協力者もゼロの状態から、地域住民の共感を集め、クラウドファンディングで目標を達成するまでの物語。」
こうした物語構造は、どんな商品紹介、サービス紹介、ブランドストーリーにも応用できる。
2. 感情スイッチを押す「5つのキーワード」
人の心を動かす言葉には、ある種の共通点がある。
下記は特に強力な“感情スイッチ”となるキーワードだ。
感情 | キーワード | 活用例 |
---|---|---|
共感 | 「あなたもきっと〜」「わかるよ、その気持ち」 | LP・SNS・動画 |
希望 | 「まだ間に合う」「きっと変えられる」 | プロダクトのメッセージ |
不安 | 「知らないと損する」「なぜ◯◯が失敗するのか」 | フック、広告タイトル |
信頼 | 「10万人の声が証明」「開発者の想い」 | サービス紹介、代表挨拶 |
懐かしさ | 「母と過ごした台所の記憶」「あの夕焼けのような味」 | コンテンツマーケ、食品系 |
3. ワークショップ式:感情から逆算するクリエイティブ設計法
ここでひとつ、すぐに使えるワークショップの方法を紹介する。
「誰の、どんな感情を、どう動かすか?」から逆算して、コンテンツを設計する。
ステップ1|ターゲットの“今の感情”を書き出す
(例:不安、孤独、退屈、自信のなさ)
ステップ2|“届けたい感情”を明確にする
(例:安心、誇り、期待、挑戦したくなる気持ち)
ステップ3|その変化を生むストーリーやメッセージを組む
(例:他人の体験談、問題→解決の導線、ビジュアルでの表現)
例:【現状】孤独で自信がない新社会人
【感情】「こんな自分に意味なんてあるのか」
↓
【届けたい】「少しずつでいい、歩き出せる」
【表現】同じ境遇の人のストーリーを起点に、コミュニティへの参加を促す構成に
4. 実践事例:マーケティング×感情×クリエイティブの融合
■ Apple「Think Different」
常識に抗う天才たちの映像と、「あなたもその一人になれる」というメッセージ。
理屈ではない。観た人の「自分もやれるかも」という希望を動かした。
■ JR東日本「行くぜ、東北。」
移動手段を売るのではなく、「旅で変わる感情」を売った。
地方を応援したくなる気持ち、自分の物語を重ねたくなる映像演出で、旅需要を創造。
■ 「やさいバス」プロジェクト(静岡)
ただの物流システムではない。
農家と飲食店を“想い”でつなぐストーリーを前面に押し出し、共感型の新市場を構築。
5. クリエイティブは「感情ドリブン市場創造装置」である
私たちが考えるクリエイティブとは、
誰かの心の奥底に触れ、
「まだ見ぬ市場」を、そっと芽吹かせる力だ。
市場は数字の塊ではない。
人の“気持ち”が重なったとき、そこに生まれるもの。
あなたのアイデアが、誰かの心に火をつける日を信じて。
— 「論理で考え、感情で創る」その先に、未来がある。
感情マーケティングを“文化”にする組織で共鳴し、再現する仕組み
「感情」は、再現できる。
感情マーケティング――
それは、一部の才能あるクリエイターだけの専売特許ではない。
組織全体で「感情の理解と創出」を内面化できれば、
クリエイティブは文化になり、成果は“仕組み”で積み重なる。
本稿では、感情を組織に実装する3つのステップと、成功企業の共通項を解説する。
STEP 1|「共感設計」を共通言語にする
まず最初にやるべきことは、チーム全体で「共感設計の視点」を共有することだ。
そのために有効なのが、“ペルソナの感情ジャーニー”の導入。
▶ 例:感情ジャーニーマップ(抜粋)
フェーズ | 顧客の行動 | 感情 | 求めていること |
---|---|---|---|
認知 | SNSで知る | 興味、期待、不安 | 自分に関係あるか知りたい |
比較 | 他社と比較 | 迷い、疑念 | メリットが明確になる言葉 |
購入 | 購入ボタン前 | 不安、緊張 | 信頼できる証拠や声 |
利用 | 初体験 | 喜び、不満 | 効果の実感と感謝の共有 |
このように、数値でなく「感情の流れ」を言語化することで、
全員が“心の中”にフォーカスしやすくなる。
マーケティング部門だけでなく、プロダクト、CS、営業、そして経営陣にも波及させることが重要だ。
STEP 2|「感情のデータ」を可視化して議論する
人は感情で動く。だが、組織は数字で動く。
だからこそ、感情を“見える化”し、議論可能にすることが要になる。
▶ 活用例:顧客の声を「感情別」に分類する
嬉しい声:「初めて◯◯で泣きました」「こんなに共感したのは初めて」
不安の声:「内容は良いが、本当に◯◯できるのか不安」
怒りの声:「期待していたのに◯◯だった」
感情ごとにユーザーの声を分類・定量化することで、
どこで心が動き、どこで離れるかをチーム全体で共有できる。
加えて、CSチームやSNSの運用者が感じている“生の体感”を定例会で共有するのも効果的だ。
データと感覚の両輪が、顧客の「感情地図」を完成させる。
STEP 3|「感情に基づいたKPI」を組み込む
売上やコンバージョンはもちろん重要だ。
しかし、感情マーケティングを組織に定着させるには、
感情的成果をKPI化する視点も必要だ。
▶ 導入例
NPS(顧客推奨度)
共感クリック率(「共感した」ボタン設置など)
SNSの感情キーワード出現率(「泣いた」「感動した」など)
エモーショナルPV(感情訴求記事や動画の視聴数)
UGCの質(個人の体験を語る投稿の数)
定量化することで、「感情はふわっとしたもの」ではなく、
戦略的に管理・改善できる“価値資産”として扱えるようになる。
成功する組織の共通点:感情と「信念」がある
Appleも、スターバックスも、ナイキも――
強い感情を引き出すブランドには、必ず強い“信念”がある。
「美しさとは、ありのままでいい」(Dove)
「すべての人に、クリエイティビティを」(Adobe)
「あなたにもできる」(Nike)
この“魂の旗印”が、社内文化を作り、感情を動かすコンテンツを支える。
つまり、感情マーケティングとは、「信じるものがある組織」しかできないとも言える。
感情を組織に実装することは、ビジネスを“人間に戻す”こと
私たちは、いつの間にか数値と成果ばかりを追い、
「心が震える瞬間」を軽視しがちだった。
でも本来、人は心で動く。組織もまた、心を持つ人の集まりだ。
だからこそ――
感情に耳を澄ませ、それを仕組みにすることが、次の時代の競争力となる。
ビジネスとは、人の心の物語だ。
その物語を、あなたの組織から始めよう。