デュアルトラックプロセスはもはや選択肢ではなく、必須の戦略になりつつある
スタートアップの出口戦略は、今まさに大きな転換期を迎えています。2023年のスタートアップM&A件数は過去最高の123件を記録し、2024年上半期も引き続き高水準で推移しています。この背景には、約50件のVCファンドが2024年に償還期限を迎えることも影響していると考えられます。
スタートアップの出口戦略として、かつては「IPOかM&Aか」という二者択一の選択が一般的でした。しかし、近年では両方を同時に準備するデュアルトラックプロセスが新たなスタンダードとして注目されています。
IPOを目指すスタートアップにとって、M&Aの準備を同時に行うデュアルトラックプロセス(英語:Dual Track Process)は、企業価値の最大化と交渉優位性の確保という2つの大きなメリットをもたらします。
Paidyの成功事例は、まさにデュアルトラックプロセス(以下、デュアルトラック)の威力を証明しています。IPO準備を水面下で進めながら、PayPalからの高額買収を実現しました。
50億円以上のEXITを目指すスタートアップは、デュアルトラックプロセスを積極的に検討すべきです。証券会社や監査法人との連携は必須となります。
日本のスタートアップエコシステムにおいて、デュアルトラックプロセスは今後ますます重要な役割を果たしていくでしょう。
デュアルトラックプロセスの定義とは?
デュアルトラックプロセスとは、スタートアップ企業がIPOとM&Aの準備を同時に進める戦略的アプローチです。米国ではすでに一般的な手法として定着していますが、日本ではまだ馴染みが薄い状況です。
- IPOとM&Aの2つの進路(track)を同時に準備
- IPOの評価額をM&A交渉における最低評価額として活用
- シリコンバレーでは標準的な戦略として確立
プロセスの仕組み
実施手順
- 2つの専門チームを編成
- IPO準備チーム:引受証券会社と法務・会計専門家
- M&A準備チーム:財務・法務アドバイザー
進行方法
- IPO申請書類の提出と並行してM&A交渉を実施
- 複数の買収候補者との同時交渉による競争環境の創出
- 最終段階まで両オプションを維持
この手法には以下の利点があります。
- 企業価値の最大化
- タイムリミット効果
- 交渉における優位なポジションの確保
- 市場環境の変化に対する柔軟な対応
- 複数の選択肢による交渉力の向上
このアプローチは、特に不安定な市場環境下において、企業の出口戦略の選択肢を最大化し、より高い企業価値の実現を可能にする戦略的なツールとして注目されています。
市場を後押しする追い風
政府による「オープンイノベーション促進税制M&A型」の施行や、大企業のオープンイノベーションへの関心の高まりにより、スタートアップ企業のM&A市場は着実に拡大しています。特に、大企業側の姿勢が、単なる投資から戦略的なパートナーシップの構築へと進化していることは注目に値します。
- スタートアップM&A件数の増加
- オープンイノベーション促進税制M&A型
- VCファンドの償還期限
現実的な課題への対応
一方で、デュアルトラックプロセスの実施には、いくつかの重要な課題が存在します。特に以下の3点が重要です。
- スタートアップ特有の企業価値算出の難しさ
- IPOとM&Aの同時進行による組織への負担
- 専門知識を持つ人材の不足
新たな可能性
しかし、これらの課題に対する解決の兆しも見え始めています。セカンダリー取引市場の拡大により株主構成の最適化が進み、M&A経験者の増加により実務的な知見も蓄積されつつあります。さらに、企業間のシナジー効果を重視した戦略的なM&Aの増加は、より質の高い企業統合の実現を可能にしています。
デュアルトラックプロセスは、まだ発展途上の戦略ですが、市場環境の整備と共に、日本のスタートアップエコシステムにおける標準的な選択肢となることが期待されます。
戦略的価値
企業価値の最大化
IPOの評価額をM&A交渉における下限値として活用することで、より有利な条件での売却が可能となります。
交渉における優位性
- 買い手候補に対して時間的プレッシャーを与えられる
- IPO準備状況を基に適切な企業価値を主張可能
日本における成功事例①
最も注目すべき事例として、Paidyの事例があります。2021年9月、PayPalがPaidyを約3,000億円(27億ドル)で買収するという、日本のスタートアップ史上最大規模の取引が実現しました。
- IPO準備を通じた企業価値の可視化
- 複数の選択肢による交渉力の強化
- 戦略的なタイミングの選択
成功要因の分析
戦略的アプローチ
- IPO準備を秘密裡に進めながら、M&A交渉を並行して実施
- 主幹事証券会社にもM&A交渉を非開示とする徹底した情報管理
- プロフェッショナルなM&A専門家の活用
企業価値の最大化要因
- BNPLサービスにおける先進的なビジネスモデル
- 日本市場における強固なポジション確立
- 30カ国以上の人材による国際色豊かな経営陣の存在
買収決定の背景
PayPal側の動機
- 世界第3位のEC市場である日本市場への本格参入
- 日本市場に精通した経営陣の獲得
- BNPLサービスの技術力と顧客基盤
Paidy側の判断
- グローバルな決済プラットフォームとの統合によるスケール実現
- 企業文化の親和性
- 永続的な成長機会の確保
示唆される教訓
このケースは、デュアルトラックプロセスを活用することで、以下の利点が得られることを示しています:
- 企業価値の最大化が可能
- 交渉における優位なポジションの確保
- 複数の選択肢を保持することによるリスク分散
日本における成功事例②
2022年10月、チェンジホールディングスがDFA Roboticsを子会社化した事例は、デュアルトラックプロセスの実践例として注目されています。
成功要因の分析戦略的アプローチ
- IPOとM&Aを並行して検討
- M&A仲介会社の支援パッケージを活用した戦略的な売却プロセス
- 世界一の実績を確立したタイミングでの意思決定
企業価値の最大化要因
- 配膳ロボット販売台数で世界一の実績
- 3Dマッピングや店舗配膳ルート設計などの独自技術
- 修理・メンテナンスの圧倒的なノウハウ
買収決定の背景チェンジ側の動機
- DXによる生産性向上という企業ビジョンとの整合性
- ロボティクス分野への本格参入
- データ活用による新規事業創出の可能性
DFA Robotics側の判断
- 競合出現前の最適なタイミングでの売却
- 親会社のリソースを活用した成長機会の確保
- シナジー効果の最大化
示唆される教訓
- 企業価値が最大化するタイミングの見極めが重要
- IPO準備がM&A交渉を有利に進める要因となる
- 買収企業とのシナジー効果の検討が成功の鍵
実施における留意点
必要な条件
- 数十億円以上でのEXITを目指していること
- 証券会社や監査法人との契約が締結済みであること
今後の展望
日本市場においても、スタートアップ投資額の増加に伴い、出口戦略としてのM&Aの重要性が高まっています。
一方で、デュアルトラックプロセスの実施には、いくつかの重要な課題が存在します。
- スタートアップ特有の企業価値算出の難しさ
- IPOとM&Aの同時進行による組織への負担
- 専門知識を持つ人材の不足
デュアルトラックプロセスは、まだ発展途上の戦略ですが、市場環境の整備と共に、日本のスタートアップエコシステムにおける標準的な選択肢となることが期待されます。
デュアルトラックプロセスに関連する重要なキーワードを体系的に整理してご説明します。
出口戦略の2つのトラック
IPO(新規株式公開)
M&A(合併・買収)
評価に関する用語
バリュエーション
フロア価格(最低評価額)
IPO想定価格
対象企業の条件
50億円以上でのEXITを目指すスタートアップ
証券会社や監査法人との契約締結済み
専門チーム
IPO準備チーム(引受証券会社、法務・会計専門家)
M&A準備チーム(財務・法務アドバイザー)
重要な要素
タイムリミット効果
交渉優位性
企業価値の最大化
日本市場の特徴
スタートアップM&A件数の増加
オープンイノベーション促進税制M&A型
VCファンドの償還期限
このように、デュアルトラックプロセスは複数の専門的な概念と実務的な要素が組み合わさった戦略的なアプローチといえます。
デュアルトラックアジャイルの主要な成功事例
atama plus社の事例
デザイナー、エンジニア、QA、プロダクトオーナーで構成されたスクラムチームで実践
1週間を1スプリントとして運用
新機能開発において、検証フェーズからエンジニアも参加することで、技術的実現性を考慮した効率的な開発を実現
Netflix社の事例
2017年にデュアルトラックアジャイルを導入
イノベーションチーム(ディスカバリー)と製品チーム(デリバリー)に分割
モバイルダウンロード機能など、革新的な機能の開発に成功